高濱コラム 2007年 5月号

ある神社で昼食のパンを食べていたら、鳩が舞い降りてきました。クルックーと鳴きながら近くを歩く姿は、ユーモラスで可愛かったと言いたいところですが、よく観察すると、厳しい生存競争がありました。私がまいたパンくずのほとんどは、よく肥えた一羽が奪い取り、近づくやせた鳩たちを激しく突いて追い払っています。回りを睥睨する彼は、私の手から直接食べるくらい、自信に満ちていましたが、食えぬやせ組は心なしか羽の毛づくろいも薄汚く、ちゃんと生きていけるのかしらと心配になりました。自然界は、弱肉強食のルールが徹底しています。

埼玉には、見沼田んぼという、広大な緑地帯があって、私と息子にとっても恰好の散歩コースになっています。葉桜の頃からは、他の木々も一気に若葉を出し、何とも可愛らしい萌黄色の生え始めから、もくもくと風に揺れる緑のうねりに育つまで、実に楽しませてくれます。

散歩コースでは、住宅の庭に植えられたチューリップが、新しい品種なのか、昔なかった洗練された色のものが増えたなあとか、ヒバリって何であんなにピチュピチュよく鳴くし急降下してくるんだろうとか、この花何だろうこの虫なんだろうとかと、発見も多いのですが、感動だけでなく、よく目を凝らすと生きるか死ぬかの厳しさも見せつけられます。鳥同士の縄張り争いはよく目撃しますし、先日は部族と部族の戦いともいうべき大規模なカラス同士の戦争も目撃しました。中には首根っこに片方が喰らいついたまま、一緒に地面に激突するものまであって、怖いほどでした。植物でも、魚でも、外来種に押されて存在範囲を狭くさせられている種も多いようです。そこで思うのは、生き抜くって本当に甘くないなあということです。

4月早々、一人のテーブル講師がクレームを受けました。個別でついた初めての子とのかかわりがイメージ不足で、チグハグなことをしたこともありますが、保護者の苦情の要点は、教室の入り口でずっと立ち尽くしているのに放置された、挨拶がなかったという基本的なものでした。しかし基本だからこそ、落ち度への怒りは激しくて、「来週から、彼は変えてほしい」と言われました。

その講師は、実は教え子です。小学校の頃、出産にまつわっていかに大変な生死をさまよう境から生還したのかと、お母さんが涙ながらに語ってくれた子です。十分に健常の領域にいますが、どこかワンテンポ判断が遅いところがあり、昔は心配しました。しかし、彼なりの足取りでスクスクと育ち、高校では野球部で活躍し、大学生になって花まるの講師を希望してくれたときは嬉しかったものです。

情に厚く誠意だけは誰にも負けないことを武器に、がんばって3年間講師としてやってきたのですが、ここで一つの仕事を失いました。帰りのバスでは、泣いていたそうです。育てた者としては実に残念な結果でもありました。しかし、これこそが、社会の洗礼というものでしょう。私には彼を守ってあげたい気持ちがありますが、世の中は甘くありません。お金をいただく以上、バイトだろうが正社員だろうが育ちに苦労があろうが、容赦してはくれません。つらいけれども、今回のこの失敗の苦味を責任者として共有し、彼が将来一人前の社会人として成立できるように、応援していきたいと思います。

花まる学習会代表 高濱正伸