高濱コラム 2008年 7月号

 ある会員のお母様が、企画を作りすごいスピードで実現してくれました。それは黒川伊保子さんという才女との対談形式の講演会でした。初めてのことなので、相手方の著書などを予習したのですが、その段階で、自分にない視点に感心し、学ぶこと大でした。特に、男女の脳とその行動のちがいの分析について、すごく勉強になりました。尊敬を持ってお会いできたので、講演自体もとても盛り上がるものになりました。

 さてその講演会のスタート前に、控室で待機しているときでした。一人の女性が尋ねてこられました。脳外科医ですというその方は、このところたまたま黒川氏と私という二人の本に注目して読み込んでいたんですと告げた上で、実はこういうものも書いているので読んでくださいと、一冊の絵本を渡されました。

 いただいた直後は、本番前ということもあり読めなかったのですが、帰ってあらためて開いてみて・・・。しばらく言葉を失いました。『まほうの夏(藤原一枝・はたこうしろう作)岩崎書店』というその絵本に表現されていたものは、「花まるの心」そのものだったのです。私たちがサマースクールなどを通じて、子どもたちに伝えたかった・させたかった最も理想的な体験が、物語として絵として定着されていました。

 都会の兄弟が、四国のおばあちゃんとおじさんの家で過ごした、一夏のできごとが書かれているのですが、これがいい映画と同じで、どうにも言葉にならない「絵本でこそ示せる感動」に満ち満ちているのです。森の音、夕立の感触、釣りの興奮、地元の子たちとの冒険、親類の大人たちや、見守る地域の人たちのぬくもり・・・。

 きっとこの絵本に描かれた経験の記憶を心に持つ人は、無差別殺人など思いもつかないでしょう。愛された分のお返しを、社会や次世代にしたいと願うでしょう。日本中の親たちに、今すぐ読んでほしい一冊です。

 こんなに凄い作品を書いた方が、わざわざ持参してくださったことは、自信になりました。今までやってきたことは、間違っていなかったぞ、と。おかげさまで、花まる学習会は、今や全国各地から、「花まるメソッド」の指導をしてくれと、頼まれるまでになりました。しかし一方で、アンタレスなどの家庭用なぞぺーの海賊版を、オリジナルとして販売する塾があったり、アルゴクラブのまったくの真似ごとの教室が広がっていたり、手段を選ばない相手とも戦わなければならないのも、現実です。資本とスピードの厳しい競争のまっただ中にもいます。しかし、子どもたちの将来を思う「花まるの原点」を見失うことなく、信頼できる人・組織との協力を支えに、強い意志を持って生き抜いていきたいと思います。

 それにしても、今回の講演会がその典型ですが、良い人とのつながりが、さらに素晴らしい人との出会いを生むという形で、多くのお母様方が、支え続けてくださったおかげで、今日があるなあと痛感します。ただもう感謝するしかありません。

 さあ、夏休みです。ゲームやテレビやネットではなく、子どもたちには体験を与えましょう。「紙すき」「そば打ち」なども悪くはないのですが、やはり大自然の中で、そして大人たちの無条件の愛で見守られた中で、ただ走り回り川に飛び込み満天の星を見上げるような、素朴で心豊かな体験を、存分にしてほしいものです。

 一人の子にとって、例えば2年生の夏休みは、一生に一回です。子どもたちみんなの夏が、忘れられない「まほうの夏」となりますように。

花まる学習会代表 高濱正伸

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