イワナを大きな石の下に見つけて、見事に仕留めてみせ喝采をあびたり、雪国スクールでは、雪合戦の剛速球で都会の子を驚かせたりしました。二人だけで川に遊びに行ったことも何度かあり、家に行くと、外国から来た明るいお母さんが「Y!オトモダチー!」と、2階のY君を呼んでくれたものです。
中学では野球一筋。プロ野球選手になるんだと本気で打ち込んでいて、山道をランニングする姿をよく見かけました。今年も、軽トラックを運転していたらばったり会いました。どちらともなく「おー!」と声をかけあい談笑。ところが、「やっぱり高校では野球やるのか」と聞くと、表情を曇らせています。どうしたと聞くと「高校は行けないかもしれない」と答えます。つづけて「俺、勉強できないから」と。
「勉強のことなら、俺に聞けよ」と言っても、あまり信じていない様子。そうこうするうち、ちょうど夕立が音を立てて降ってきたので、「家まで送るから」と助手席に乗せ、彼の自宅に向かいました。途中、黄色いシャツの女の子が、傘もなく小走りに走っているのを見つけると、Y君は 「あ、あいつも乗せてあげてください。同級生です」と言いました。車を止めるが早いか、外に飛び出していって「○○!乗せてもらってんだよ。お前も乗れよ!」と声かけし、助手席を指差し、自分はずぶぬれになる荷台に飛び乗りました。これが彼の良いところ。いつもそうでした。
しかし、サマーも終わって彼の家に寄って、勉強を見てみて驚きました。分数はおろか、九九(特に6の段以上)すらできないのです。大地震でライフラインが機能しなくなったって、彼は川の魚を捕って生き抜ける力をもっているし、人柄は本当に素敵な男なのに、まさかこんなレベルで基礎学力がついていないとは。決してできない頭ではないのに、このために高校に行けないとしたらと考えると、「小学校・中学校の先生は、高い税金をもらって一体何をしていたのだろう」と怒りがこみ上げてきました。学習の仕方のポイントを指導して帰ってきましたが、現状が現状ですから前途は多難です。ただ縁のあった若き友ですから、今後も支援は続けるつもりです。
さて、戻るとすぐに夏期授業。真黒になった子たちとの授業が終わった頃、園庭になつかしい顔。5年半前に花まるを卒業したT君のお母さんです。いったいどうしたんだろうと出ていくと、「嬉しい報告があって、どうしても伝えたくてまいりました」とおっしゃいます。聞くと、T君が県立浦和高校の代表として、テレビの高校生クイズの全国大会に出るというのです。1年から6年まで花まるだけ。伸び伸びとしたおだやかな性格の少年でしたが、その番組の水準の高さや厳しさを知っているので驚きました。
さらに番組自体を観て仰天しました。決勝戦まで残り開成と戦って、準優勝したのです。溌剌としてカッコいい青年になっていました。お祝いの電話をすると本人は不在でしたが、お母様は「花まるで6年までやったおかげです。遊びみたいに勉強していたから、今、いろんなことを覚えるのが好きみたいです」と言ってくださいました。どちらが祝福されているのかわからない気持ちで電話を切りました。こういう後伸びの報告を聞くときはいつもそうなのですが、「花まるを地道に続けてきて、良かったなあ」という気持ちになりました。
花まる学習会代表 高濱正伸