Rinコラム 『大会中継—変化の起こるとき』

『大会中継—変化の起こるとき』2011年6月号

「先生、ぼくのファイルがありません」
1年生のA君の言葉です。わざわざ前まで来てかばんの中身を私に見せ、額にしわまで寄せて、切実な表情です。「では最後に表彰式を行います。ファイルの中 に入っているプリントをかばんにしまったら、いい姿勢をして座ってください。どのチームがいちばんかな?最後の最後までポイントにいれるよ。」そう言った すぐあとの出来事でした。
問題は簡単に解決しました。チームの先生が全員分のファイルを預かっていてくれたことを、彼がすっかり忘れていて、(ぼくは自分の持ち物を失くしてしまった!)と早合点しただけのことでした。しかし私にとって、この彼の行動は、とても印象に残る出来事でした。

月に一度の小学生の大会は、一言で言うと花まるの「頭脳運動会」。1年生から6年生までの縦割りのチームメイトと協力しあいながら、算数大会 なら算数のテーマにそった問題を、時には全員で輪になって役割分担をしながら、ときには手をつないでリレーをしながら、解いていくわけです。

解くスピードや正確性はもちろん勝負に関係してきますが、大会でもっとも重要視されるのは、取り組む過程と、他者性です。楽しみながら、本気 で悔しがりながら、そして仲間で助け合いながら、取り組めるか。たとえ負けてしまったとしても、堂々と勝ったチームに拍手を送れるか。他人の立場を思いや りながら声をかけられるか、わからなくて困っている仲間に手を差し伸べられるのか。

年上の子どもたちに囲まれて、指導とお手本を間近で見ながら過ごす1時間半。大会初めての1年生にとっては、人の話を聞くときはどうすべき か、チームワークとはどういうことか、みっちりと肌で体感する機会となったようです。「すごいね」という褒め言葉も、「静かにしろよ」という叱る言葉も、 母親や先生に言われるのではなく、同じ子どもである先輩に言われてはじめて、はっとする、心に響くもの。そして、やってもらった経験で満ちたあとは、今度 は、同じことをしてあげられる側になったときに、発揮されるのです。

いつもはちょっとおちゃらけてみたり、人の話を聞くときにも同時に喋ってしまったりと、いわゆる1年生男子の典型的なおたまじゃくしっぷりが かわいらしくもあったA君。1時間半のもまれる経験の後に、どうやら彼の中で変化が起こったようです。大会が終了するころには、自分で自分の持ち物を管理 して、「早くチームメイトの足を引っ張らずに準備をしていい姿勢をしたい!」という意識が、彼のあのような発言に現れたのです。先のせりふは、それを象徴 しているように思えましたし、それは私にとっても、想定外のうれしい贈り物でした。

子どもたち同士で目的に向かって取り組んだときに起こる化学反応。

少しずつ少しずつ、補助輪が外れる方向へと成長していく彼ら。そのそばで、彼らの成長と変化を見られることは幸せのひとつです。このような変化がたくさん起こるサマースクールも申込が終了。申し込まれた方は今から楽しみですね。今月も、よろしくお願いいたします。