西郡コラム 『卒業生』

『卒業生』2012年6月

花まる学習会、スクールFCを卒業した生徒が大学入試合格の報告に母親とともに来た。彼は花まる学習会がまだできたばかりのころ、代表が飛び込みで、幼稚園で花まる学習会を開かせてほしいと開拓した初期の幼稚園教室の生徒だった。(この園については先月号たよりの高濱の巻頭文で紹介)その幼稚園で初めて開かせてもらった説明会で集まった保護者はほんの数名。母親が懐かしそうに当時の様子を話してくれた。一青年がつくろうとしている、名もない塾の何がいいか分からないが、代表の熱意を感じて入会したそうだ。

彼が小学4年生になるときに、大手の受験塾の模擬試験を受け、全体で5位という好成績を出し、是非、その大手に入ってほしいと勧誘された。中学受験を考えていた母親は、転塾するかどうか迷い、花まるの教室長に相談した。すると、もう一年、花まるでいいんじゃないでしょうか、それからスクールFCに行けば、と教室長からあっさり言われた。教室長が何の確信があってそう言い切ったのかは不確かだが、彼の性格を知る教室長だから、大手塾で受験のモードに入るよりはじっくり育てたほうがいい、という判断ではないかと想像がつく。競争心のない、おっとりとした性格で、ただ、「なぞぺー」が好きで解いていた。しかし、それですんなり花まるに残ることを決断した母親もまたすごい。代表、教室長、できたての塾の熱気だけが母親を包んでいたのだろう。

小学5年生でスクールFCに来たのだが、とにかく算数、「なぞぺー」を解くだけ、目を離すと算数ばかり。5年生のときは好きな教科を伸ばせばいいという方針で、多少は黙認していた。しかし、6年になるとそうはいかない、算数だけでは合格しない。特に社会には興味がないらしく、まったく手をつけない。このままでは入試に落ちる、算数の能力の高さを無駄にしないためにも、やることはやれ、中学に入れば、好きな算数ができる、あなたの頭なら、能力の高い学校で算数を鍛えるべき、好き嫌いは別にして受験の社会、国語に徹しろ、そういった話を何度となくした。

男の子の成長は総じて遅い。中学受験をしなければ決して早熟にする必要もないが、中学受験をすることを請け負っているからには、このまま彼の自然成長、興味だけでは間に合わない。中学受験の大人の文章を読みこなせるようになるかは6年の秋以降、入試問題の精読に本気になりだして間に合うかどうか。幸い、算数というとびぬけた教科があり、その能力への自信と、それに素頭のよさがあり、受験の国語も読みこなせるようになってきた。そしてやる気になれば、社会も覚えられる。もうひとつ、彼が受ける中学は、暗記の優劣ではなく思考力を問う問題が多い。自分の頭で考える、足は遅いが、FCの方針を着実に習得してくれていた。

彼のエピソードはこれだけではない。当時、FCへの入会も少なく、クラスも少人数の一クラスだった。そのためクラスの仲がよく、わからない生徒が質問し、わかった生徒が教える、学ぶ教えるの関係を築いていた。大概、子ども同士の質問は学習の逃げ場となることも多く、なかなか成立しない。今では無駄が多く禁止することも多いのだが、当時少人数であること、また純粋に学びあうことができるレベルにいる子たちがいたから成立した。学習塾は学校と違い休み時間も少なく、友達を作る場ではない。ただ、お互いを向上させるようとする雰囲気は、子どもたちを伸ばす。成績順のクラスも席順も必要としない、他者を蹴落とす狭い了見は皆無、共存できることを彼らは示してくれた。彼は、熱心に親身になってクラスメイトに教えていた。そこには高慢な態度はなく、友と理解の喜びを共有したいがための純粋な気持ちの表れでしかなかった。このクラスは12月から1月と受験が佳境に迫る時期になるにつれ、全員が受験に気持ちを一つにするクラスへとなっていった。友人の合格不合格の知らせも自分のことと同様に気にかけていた。まさに、切磋琢磨。

そして大学入試。彼の弟が道場に在籍していたので、兄の近況もよく聞くことができた。やはり数学ばかりやっていると母親はよくこぼしていた。算数が、「なぞぺー」が好きな小学生の彼は、そのまま数学の好きな中学生、高校生へと成長していった。予備校に夏休みだけ英語を習いに通ったことはあるが、ほとんど学校の学習だけで、予備校の受験ノウハウに頼らず“独学”で大学入試合格を勝ち取った。合格発表をみて自分の合格が嬉しくないはずがないのに、あまり喜ばなかったそうだ。級友数名が落ちた、だから自分は喜べないと。小学生の彼も高校生の彼も友人への気遣いは変わらない。

花まる学習会に4年生まで在籍し、そしてスクールFCへ、共に学び、わかるできる喜びを分かち合う学友がいて、自分で考える思考力と精神を身につけ、武蔵中学合格、東大合格。有名校に合格したから成功例ではない。この先、彼の生きる力は試される、まだ途上。ただ、花まる学習会やスクールFCの理念を彼は迷わず推し進めてくれたことが嬉しい。理想を掲げることは容易いが、実績を出すのは難しい。しかし、彼のような青年が今いること、成長し続けていることが私たちは間違えていないことを証明してくれる。彼とそして「まだ花まるでいいじゃないですか」の教室長の一言を信じてくれた母親に感謝するのみ。ありがとうございます。