『たった一つの成功体験』2014年3月
花まる学習会では、年に三回、花まる漢字テストが行われます。このテストが近づくと、私にはいつも思い出す一人の男の子がいます。
彼の名前はT君。当時は小学3年生で、出会ったころは、彼の口から出る言葉は「無理」「分からん」「どうせバカだし」の3語のみ。3年生にして、苦手意識の塊。自己肯定感が全く育っていない子でした。
そんな彼が変わるきっかけとなったのが、まさしくこの「花まる漢字テスト」でした。ある日のレインボータイムで「10分間でいくつ漢字を書けるかな」という課題で、辞書を駆使し、優勝したT君。その日から彼は漢字に興味を持ち始めました。次の週の授業では、家で練習してきたノートを見せてくれるほど。中を見てみると、1マスも抜かすことなく、数ページに渡りびっしりと漢字を書いてあります。思わずTくんに駆け寄り、「がんばったねー!!」と髪がくしゃくしゃになるほど褒めました。それから漢字検定まで3週間、彼は毎回びっしりと練習したノートを持ってくるようになりました。
そしていよいよ本番。当日の連絡帳にはお母さんから「昨日は緊張して、あまり寝られなかったようです」とコメントがあるくらい緊張していたTくん。しかし今までの練習で自信がついたのでしょう。テスト本番では、黙々と書き進め、最後まで空欄を作ることなく書き切りました。
そして結果は92点で見事合格。
Tくんの顔に久々の笑顔が戻りました。
それからTくんは別人のように変わりました。いままで机に伏せながらやっていた「なぞぺー」も「分からないので教えてください」と言うようになったり、サボテンでは「やった!最高記録だ!」と喜んだり、表情に覇気が戻り、声に張り合いが出るようになりました。家でも「次は特待を狙う」とすでに次のテストに向けて漢字練習を始め、さらにお手伝いも自分から進んでするようになったそうです。
私は彼から、人間はたった一度の成功体験で大きく変わることができるということを学びました。今まではどうだっていい。大切なのは明日からどう生きるか。そのためには、自分で努力し、その努力は実るということを実感として持てるかどうか。
自分で自分の幸福を生み出す術を持つことができている人は幸せです。これまでの数年の慣習も、たった一度の成功体験によって変えることができるということをT君は身を持って教えてくれました。
ちなみにT君のご家庭では認定証書を額縁に入れ、リビングに飾っているそうです。先日会った時、「賞状、もう2枚目になったんだよ!まだ特待はとれないけど…」と照れながら教えてくれたT君。彼の眼には、「自信」という力が宿っていました。
花まる学習会では、一人ひとりの子どもたちのやる気に火をつけることができるよう、お声掛けをして参ります。子どもたちには、「やればできる」ということを分かって欲しい。みんなは今から努力すれば、どんなことも成し遂げられる、大きな力を秘めている。これからを生きていく子どもたちを、これからも保護者の皆さまと同じ方向を向き、支え、見守って参ります。
樫本 衣里