『夢中』2015年1,2月
新春の風物詩、箱根駅伝。青山学院の優勝で一年が幕を開けました。スポ根漫画から延々と連なるど根性ワールドに風穴を開ける、画期的で圧巻の勝利でした。私自身は「水を飲むな」の野球部で育ったので、「1秒を削れ」という路線も、正直嫌いではありません。しかし、青学の原晋監督は、私も含む昭和センスの人間たちを驚愕させる指導方法を提示したのです。
あの箱根駅伝の世界で「ワクワク大作戦」と打ち上げました。一瞬目を疑います。まじめにコツコツ、とにかく頑張ることが大切という価値観を持ち、身を清めて真剣勝負に挑むぞと構えた監督たちが、怒りだしそうです。しかし、結果にも表れていますが、これは真理を突いた作戦でした。その心は、「楽しく走ることが大事」ということ。
為末大という、およそアスリートと呼ばれる人たちの中で傑出した知力を感じる人物がいますが、彼がネット上で、こういう内容のことを書いていました。努力する人は「取引」をしている。目標という成果を得るためにがんばる。運よく手に入れられればいいけれど、そうでないと「こんなにがんばったことが無駄になった」と落ち込んだりする。夢中の人は取引をしていない。もうその時間そのものが楽しいのである。こんな内容でした。別のところでも、考えるというのは全て過去の(一瞬にせよ過去の記憶を脳があれこれしている)ことで、ゾーンに入ったときは体が勝手に反応するような状態、という意味のことも書いていました。
いやはやあっぱれ。原監督と為末氏に、正月早々二発パンチを食らった気分でした。色んな教室を回っていると、子どもたちのノートなどにサインをくださいとせがまれることがあるのですが、これまでは添える言葉として「努力」と書いてきました。まあ、まずは学びの初歩においては、漢字や単純な計算練習や宿題など、やるべきことを四の五の言わずにやることが大事だから、努力だよねやっぱり、という考えでした。
大きく間違ってはいないのですが、核心をはずしたニオイがプーンと心の中でする感じというのか、ゴマ粒ほどの引っかかる違和感があったのです。そうして分かりました。「夢中」と書くべきだったのだと。「創業期などは大変だったと思います。どうすれば、そんなにがんばれるんですか」とか「20年やってきてつらかったことは何ですか」と、時々若者などに聞かれるのですが、借金ばかり積み重なっていた立ち上げの頃から、一年360日以上働いていた最初の10年のときも含めて、努力したとかがんばったという気持ちは全くない。本当にずっと楽しかったのです。子どもたちといられる喜びを、授業でも野外体験でも満喫してきたし、講演会は何度やってもワクワクします。そうだよ、まさに夢中だったから、ずっと楽しかったんじゃないか!
「入社試験で、待遇を言い出す人間はとらない」と、某大企業の役員の方から聞いたことがあります。ある努力(働きとか時間)には、どれだけの金銭を得られるかという、取引の視点で見ている人は、育たないという経験則なのでしょう。大事なのは、これをやりたいという思いだし、大好きな何かがあること、熱中した経験があること。それがある人は、どんなことにも「楽しもう」と臨める。夢中(=ゾーン)を体感したことのある人は強いし伸びるということなのでしょう。
実は、今年の大会の前に私は、青学のが優勝を想像していました。根拠があるのではなく、ただ単に青学駅伝部(正式には陸上部の長距離ブロック)出身の社員がいて、すこぶるいい男だからです。この春から名古屋・中京地区で花まる学習会が始まるのですが、中心メンバーとして入ります。3年目。抜擢でもありますが、すでに社員間では「だよね」という評価です。朝早く来る。穴をあけることが無い。愚痴を言わない。誠実でおだやかで、授業をとても楽しんでいて、保護者からも信頼されています。社員寮も彼がいるおかげでとても温かい雰囲気です。
彼は、中1のときにお父さんを亡くしていますし、サッカー出身なので、大学入学後1年間は正式な部員としては認められず、いわゆる練習生扱いだったという、一見苦労人です。しかし、その4年間は、可愛がってくれる監督や先輩に恵まれ、本当に幸せだったそうです。「人間性が一番大事」と言い切る師のもと、結果はレギュラーにはなれなかったけれども、彼なりにどんどんタイムを伸ばしたのだそうです。優勝のあと、おめでとうとメールを送ると、返信が来ました。
「祝福メッセージ、ありがとうございました。青学らしい後輩たちの活躍に感動させられた正月になりました。特に今の3、4年生とは一緒に練習も生活もしていてそれぞれの背景を知っていたので、走っている姿、サポートしている姿を見て込み上げてくるものがありました。そんな後輩に負けぬよう、私ももっと頑張ろうと決意を新たにしました。本年もどうぞ宜しくお願い致します。」
文は人なり。短い挨拶文にも、人柄がにじみ出ています。
こんな若者たちと、今年も夢中になって突き進みます。
よろしくお願いいたします。
花まる学習会代表 高濱正伸