高濱コラム 『種まき』

『種まき』2014年5月

 4月17日、武雄市との官民一体型小学校発表の記者会見は、NHKの7時のニュース、TBSのニュース23・報道特集はじめ、多くの新聞やテレビで取り上げられました。文部科学省から「先駆的な試みとして、期待している」というコメントが発表されたことの影響も大きく、もしかしたらバッシングの嵐かもと覚悟していたのが拍子抜けするくらい、どちらかと言うと応援のメッセージを多くいただきました。ここまで支えてくださった皆さま、激励をいただいた皆さま、ありがとうございました。
 思えば8年前、長野県の青木村の、村に一つだけある小学校の授業をやれるようになったのです。批判を全て引き受けて道筋をつけてくださった当時のK教育長には、頭が上がりません。人間のやる仕事でゼロをイチにすることが、もっともハードで、その一歩があったからこそ、武雄につながったからです。その後こちらの学校でも、またこちらの学校でもと広がったのですが、いつかもっと深く公教育に関わる日を信じて、営々と各地の授業に通ってくれた若手社員たちにも「よく頑張ってくれたな」という気持ちでいっぱいです。
 何事も経験。授業という時間を共有し、飲んで語りあう中で分かったのは、がんばり屋で誠実で魅力的な先生がたくさんいるじゃないか、ということでした。そういう皮膚感覚は大事で、同じ時期に民間校長として、杉並区の和田中学校で多くの改革を成し遂げた藤原和博さんとも共有できました。新報道2001という番組で隣り合ったのですが、コマーシャル時の雑談を通じて、口だけでなく行動している人だな、信頼できるなと直観したのでした。一期一会とは言いますが、その偶然の出会いがきっかけになって、樋渡市長とつながり、今回の発表にこぎつけたのです。
 とは言え、入ってもいいよと鍵を渡されただけで、仕事はこれから。教育機会の均等ほど、次世代の社会を安定させるものはないと信じ、塾の仲間はもちろん、志を同じくするあらゆる業種の方々とつながり合って、公教育の向上に貢献したいと思います。応援よろしくお願いいたします。

 さて、薫風そよぐ日曜日、さいたま新都心駅のとある道場に伺いました。さいたま蕎麦打ち倶楽部というNPOの拠点です。14年前に、親子蕎麦打ちの企画を受け入れてくださった団体です。主に公務員など固い仕事の方々で、児童養護施設や障がいの人や老人の施設などに出張して蕎麦を打ち振る舞うという社会貢献のために集まった方々でした。学習塾は初めてだということでしたが、子どもたちの素体験の大事さを訴えお願いすると、快く受け入れてくださいました。今もずっと継続しています。
 久々に行った道場。リーダーAさんは14年前と変わらず矍鑠として元気で「高濱さん!」と握手をして迎えてくださいました。一冊の本も書いていなかった時代に、このような機会を与えてくださった多くの「神様」の一人です。もちろん打ち立ての蕎麦をいただき本当に美味しかったのですが、私は壁にかかったあるものに目を奪われました。それは4年前に10周年記念として私たちから差し上げた額装の感謝状。そこに添付された、一枚の写真でした。その当時は蕎麦の種まきから収穫までしていたのですが、種まきに行った日の集合写真でした。今や大学生の世代。12人写っている子のうち、女の子2人と1人の男の子は直接の教室の子でもあったので、その後もよく知っているのですが、ふと気づくと、一人は医学部、一人は東大、一人は歯学部。ちょっと凄いなと思ったのです。
 もともとできた?いえいえ。当時彼らはただただ子どもらしい、低学年としてはごく普通の学力の子どもでした。花まるが伸ばしたと言いたい?ええその気持ちは少しだけあります。しかし事実は、そのような危険も無いとは言えない外の体験教室に、長期的な子どもの成長に良いコヤシになると信じて、エイッと預けられる家庭の子は伸びるということでしょう。それができる親御さんを想像すると、心配ばかりしてても仕方ないとリスクをとっていける前向きな意欲やバランス感覚、判断力と長期ビジョンを感じるからです。
 思えば当時は、私自身がマイクロバスを運転して子どもたちを引率していました。大変だったかというと、ただもう楽しくて仕方なかったことを覚えています。畑で土まみれになったあとは川遊びなどもして「ああ、何て幸せなんだろう」と感じていました。
 さて、久々の再会の帰りの京浜東北線。スマートフォンに撮影した感謝状の写真を拡大しながら「あのとき、どこの馬の骨ともつかない私たちを、何故受け入れてくださったんですか」と、今度Aさんに聞いてみたいなあと思いました。

花まる学習会代表 高濱正伸