『約束の地平へ-敗れざる者の方舟』2014年7月
学生時代は柔道部に所属していました。世界を狙う選手というものは、組んだ瞬間からして分かります。もはや「生き物として」違う。極端な話、ピストル持ったって敵わない…。しかしどれだけ跳ね返されても、自分の可能性を信じて疑わなかった高校生時代。「もっと厳しい環境で鍛えられれば、きっと自分は強くなる。『強くなりたい』というこの想い、この一点においてはたとえ世界王者が相手でも負けるはずがない…」向こう見ずな若さのなせる業でしょうか、そのようなことを確固たる根拠もなく信じ切っていました。さあ大学生となり、いよいよ全国レベル、国際レベルの人間と日々、直接肌を合わせる生活が始まりようやく、とんでもない世界に飛び込んだものだと気がつきました。途方もない実力の隔たりに感傷的になっている暇すらなく、来る日も来る日もボロ雑巾のように投げつけられ、絞め落とされ…自分はこんなにも弱い奴だったのか…「藁をも掴む」といいますが、まるで一片の藁すらもない大海に放り出されたようなもの。もはや目的地などどっちにあるのか分からない、ここからどうしていいのかすらも分からない。そんな中で唯一、鬼火のように揺らめいていた思い…「逃げることだけはしたくない。それは生きながらにして死ぬのと同じ。ならば…せめて最後の瞬間までここに立ち続けることをもって、前を向いて挑み続けることで存在証明としたい…」何の生産性もない私的なこだわり。その後は4度にわたる完全脱臼をはじめ、骨折から靱帯損傷まで全身のあらゆる部位をあらゆる怪我に襲われながらも、最後までそんな自分に正面から向き合うことだけにはこだわり続けて卒業。戦績には全く誇れるもののない大学時代ではありましたが、あの時どん底だった自分から目を逸らさないで戦い抜いたことこそが…それが起点となり紆余曲折を経て幾星霜、転がり続けた果てに…今、ここ、自分の基盤を形作ってくれていることは間違いない、そう断言できます。あの打ちのめされ、あがき続けた4年間があったからこそこうして今、常に眩しい場所を仰ぎながら生きていける…。
サマースクールと夏期授業に埋め尽くされた日々を全力で駆け抜けてみれば、いつしかもう秋風を感じる季節。灼熱の太陽の下、サマースクールで展開された数々のドラマ…しかし舞台は「生活」という名の、キレイゴト抜きの「現実」。物語になるような美談ばかりではありません。ほろ苦い体験も数多くあったはず。みんなの応援を受けながら滝つぼの上で逡巡すること十数分、最後まで飛び込めなかったKくん。さらなる広い世界へと挑戦すべく、思い切って3泊コースに参加したものの「やっぱり寂しくなっちゃった…」と、涙で帰ってきたYちゃん。日中は楽しく活動しながらも、毎晩「お母さん…」と呟きながら涙で枕をぬらしたEくん。楽しいことも無数にあったはずの夏の思い出の中にあって、これらのシーンは思い返すたびにちょっとほろ苦さを感じる記憶として、これからもずっと心に刻まれていくことでしょう。
君たちに一言伝えたい。そこから決して目を逸らさないで。この先も「前を向いて」歩いてさえいればきっと、「あの日の自分」を超えられる時がやってくるよ。涙にぬれたあの日があるからこそ、弱さを刻まれたあの思いがあるからこそ…乗り越えられた自分を感じた時の喜びは何倍にも大きくなって、不動の自信となります。人とは不思議なもので、いつかはあんなに辛かった過去の話も、笑い飛ばせるほどにたくましくなるものです。そして辛い思い出だからこそ、そこから紡ぎ出される言葉は人の心に響いていくはず。君の言葉はやがて、大切な誰かの生きる糧となって…その人の心にしっかりと、根付いていくことになるでしょう。だからその日まで…このほろ苦い思い出を、大切にとっておいてくださいね。
「あの時一人だけ飛び込めなかった俺がさあ…」「3泊のお泊りで泣いちゃったこの私がね…」「あの頃の俺、お母さんがいないと寂しくて眠れなかったんだけどさぁ…」何年か後、何十年か後に大切な誰か…親友、恋人に対してでしょうか、それともやがて生まれてくるであろう自分の子どもに対してでしょうか…笑いながら話しているKくん、Yちゃん、Eくんの姿を思い描いてみました。きっと誇りに満ちた、そして力強さを伴った、いい笑顔をしていることでしょう。
花まるに関わるすべての子どもたちに、人生を歩いていく上での「本当の強さ」を身につけてほしい。しかしそんな私自身がまだまだ半人前。もしかしたら命絶えるその日まで、「強さ」の真諦はついに掴めぬままかもしれない。ただ、たとえそうだとしても、それでも追い続けずにはいられない。それは…これでもかというくらいに弱い自分を知るからこそ。だから強さに憧れる。例えようもなく憧れる。憧れは光となって道を照らす。自分のちっぽけな弱さなどに構っていられなくなるほどにどうしようもなく惹きつけられてしまう、眩しく輝く光となって。夢を見る力はそのまま生きる力へ。
だからこそ。苦い思い出は大切な経験。忘れないでください。将来の君たちが、大切な誰かに笑って話せるその日まで。
樋口 雅人