『父との思い出』2015年1月
父は自営業でした。私が産まれたら夕方5時には帰ってきて、一緒に遊んでいる姿が近所でも評判になっていたそうです。小学生のころの父の背中と言えば、いつもCQ(アマチュア無線)の機器を自分で作っては、「今日は四国の人とつながった!」等と嬉しそうに報告してくる姿で、壊れたテレビも修理してしまう機械好きの手仕事の上手い父でした。無線中に私と3歳下の妹が部屋で大騒ぎして遊んでいると「うるさい!」とよく叱られたものでしたが、そこは子ども。何度言われてもすっかり忘れてまた大騒ぎ…の繰り返しでした。妹と父と三人で近所の広場に遊びに行っては、松ぼっくりを時間内に拾い集めては投げつけあう遊び(今考えれば危なそう!)に興じていたとき、大人なのに本気で投げてくるので、あたると痛く、もう!と怒っていた日の夕暮の匂い、妹だけに「鳴くセミ」をたくさん取ってあげてずるい、なぜ?と怒った日の夏の草いきれ。(怒った思い出はよく覚えているものですね笑)学校をのぞけば、外遊びか読書か工作かお絵かき、が日々の生活のすべてだったころ、父といかにして遊ぶか、は日々に変化をつける重要な関心ごとでした。
女性は家事と料理ができれば大学なんて行かなくていいんだ、と古い時代のようなことを言った、と憤慨した母が話すのを耳にしたときも、そこは愛され経験による自己肯定感の強さからか、「またまた~そんなこと言ってたって、私が合格したらお父ちゃんが喜ぶのはわかってるよ~」と勝手に思って気にもしていませんでした。「なんや!まだ勉強してるんか由実は(=寝なさい)」と言われたりすることはあっても、私がちっとも意に介さないからか、母が頑張ってくれたのか、夜遅いときは、途中の橋の欄干まで父がにやにや顔で自転車でお迎えに来てくれていて、下り坂を一気に駆け降りる遊びをしながら帰ったり、今から思うと、結局は応援してくれていました。
高校生にもなると、理由は忘れましたが1年ほど口を利かないような時期がありました。大学時代、大慌てで帰宅し、家庭教師のアルバイトに行く前に、と、右手に昨夜のおでんの温めなおしたもの、左手になみなみと注いだ牛乳(おでんと牛乳の組み合わせが好きなのです)を持って、走って二階への階段をあがろうとしたそのとき、前のめりに転んでしまい、あっという間に牛乳とおでんのコラボレーションがそこら中に巻き散らかされる、という事件が起こりました。痛いしその惨劇に途方に暮れた私。そのとき家にいたのは父一人。ものすごい音に気付きぱっと飛び出してきた父は、「大丈夫か」のあとは文句も言わずすぐに一緒に階段を綺麗に片づけてくれました。「危ないな、気をつけなさい」などの父親らしい小言は一言もなかったのです。「ああ、この人のこういうところが、人として素晴らしいなあ」と、じいんとしたのを覚えています。その頃からでしょうか、本当の優しさとは何か、人間の本質とは、誠実さとは何か、について深く考えるようになったのは。思えばいつも、人に言わずに我慢していることなど、母が気もつかないような局面で、労りの言葉をかけてくれるような人でした。父は、祖父から受け継いだ事業を父の兄が失敗し、莫大な借金を抱えた時代も、ひょうひょうと(良くも悪くもそう見えてしまう人です)二人の娘を大学に行かせてくれました。
私がフランス人の主人とまだ出会ったばかりのころ、父に報告すると「遺伝子っていうのはなぁ、遠いもんと遠いもんがくっついたほうが、ええもんが出てくるんや。お父ちゃんは小さくて身体が弱かったから、あのママと結婚したんやで。由実のできが、だからいいんや(とっても親馬鹿発言)」と全肯定してくれました。
「そら女の子はええなあ。うるさくないからな。せやけど、女の子を授かったからなあ、もういつかは誰かにあげるもんやと思って、最初から腹座ってるからな」小学生のころ、私たちが娘だけで、よかったのかと無邪気に質問したときの父の答え。「男っていうのはなあ、これと決めた女性のために、あとは働いて子どもを育てるだけや。ちゃんと若い時にもういいと思うまで遊んどけ。」と妹の旦那に向けて言った言葉。父の哲学はそのまま、私の理想の男性像の土台を無意識に作ったようにも思います。
本当はパイロットになりたかったのですが、体重制限でなれなかった小柄な父は、いまだに実家に帰る度、パソコンを駆使して「パリ上空を今から飛ぶからな」と架空の飛行を披露してくれます。おちゃめに独自の遊びに貪欲な、父の遺伝子が私にも受け継がれているのか、KARINBAで最近、ラヂオを作り始めました。誰でも「発信」することができる時代に変わった今、私は父と同じように、ことばを電波に乗せて届けるコミュニケーションのあり方を考えているのかもしれません。
親子の遊びと思い出が生まれる、みんなが親馬鹿でいられる、楽しい年末年始でありますように。
私の「ラヂオドラマ(おはなしのよみきかせ)」とはまた違った、笑いを届けるKARINBAのラヂオ【RINGO NIGHT】は、全てKARINBAの公式サイトからYouTubeで聴くことができます。ラヂオ第二回では、ほかにもあった「父との思い出」ネタを語っています。年末年始のひとときに、R15指定くらいでお楽しみください。