『ラヂオドラマ』2014年11月
9月のある日、誕生日を前に、とってもいいプレゼントをもらいました。
聞こえてくるストーリーの展開に耳を傾け、映像を頭の中で作り上げては、この先はいったいどうなるんだろう、と胸を膨らませながら神妙に聴き入った時間。はじまりの瞬間。子ども部屋のドアを閉め、ラヂオのアンテナを確認。一言も聞き逃すまいと、全神経を集中する。
「ラヂオドラマ」。それは、読書でも、テレビでも味わえない、緊迫感をともなったあそび、幼いころのひみつの愉しみでした。
“朝目が覚めたら、あなたは森の中に立っていました。”―6年前、最初に作った物語は「Sunday Garden in the WOODS―日曜日の森」というタイトルの、短いストーリーでした。当時の個展のために作ったものでした。「大事なことは、自分の心の中に、いつもちゃんとあるものなんだよ。あなたも森の中で、あなた自身に出会って、「お話の続き」をいつでも楽しみに待っていた、あの頃を思い出せるはず」そんなメッセージを込めた、作ることへの楽しさと、表現することの喜びをそのまま話にした、私の芸術活動の理由そのものでした。
それに加筆、修正し、ラヂオドラマとして完成させたのが2010年。読み物としてのお話ではなく、耳から聞こえてくるストーリーにするには、言葉の細かいアクセントや響き、リズムに、より敏感にならざるを得ません。その作業はまるで、もらったメロディに、ことばをのせていく、歌詞を完成させていく過程に、とてもよく似ていました。
出来上がった作品には、空間演出だけでなく、主題歌も作ります。映画を締めくくるには、その余韻と共演する、メロディが必要だと思ったからです。KARINBAでもともに活動をしている田中文久氏が、共感とともに私の活動に参加してくれました。
2011年2月。ロンドンで開催された展示会で、その物語の世界を空間に再現したインスタレーションとともに、お話しの朗読と、主題歌のライブ演奏を披露する機会を得ました。帰国してすぐ、あの大震災があり、多くの方がそう感じたように私も、自分自身にいったい何ができるのか、これからどうあるべきか、そんなことを問い続けました。本当にやるべきことを、本質を見つめ、私にしかできないことをやり続けるのみです。
花まるグループのメセナ活動として2007年に設立した、ギャラリーokarinaBにて、毎年、私自身も展示を継続しています。今年は、作りためた「ラヂオドラマ」の発表を兼ねて、インスタレーションを、そして、子育てコミュニティを作りだす活動をされている「asobi基地」のスタッフが加わり、お話しの読み聞かせと生演奏のあとに、子どもたちの表現する時間を組み合わせた、未就園児たちとお母さんのためのワークショップを企画しました。
当日。下は6ヶ月の乳児から、上は3歳までの子どもたちとお母さんたちが見つめる中、お話の読み聞かせがスタートしました。お話の内容やその意味は、おそらく子どもたちには、はっきりとはわかりません。どちらかというと、お母さんたちに、安らいでもらえるはず、と思っていた私たちもびっくりするくらい、お話がはじまると、子どもたちはじっと聴き入りはじめました。感じ取る、という楽しみ方を、彼らはもう知っているのです。そのとき突然、幼い私がラヂオドラマに集中していたあの頃の記憶が、フラッシュバックしました。「わかる」とか「わからない」ではなく、「感じ取りたい」という内なる強い欲求が、自分の中に存在していたことを。
私が、なぜ「ラヂオドラマ」に執着し、大人になった今もあの頃の記憶が忘れられずに、とうとう自分で子どもたちのために作り出そうとまで思い至ったのか。それをもう一度、子どもたちに教えてもらった、宝物をもらったような一日でした。
最後のうたがおわるころ、一番幼い赤ちゃんはすやすやと眠りに落ちていました。
Rin-Bunのつくる「うたとお話の世界」ラヂオドラマCDは、11/11に自主制作版ですが発表予定です。そして、11/15にはラヂオ番組(レッズウェーブ「よくばりママのハッピーサタデー」)にゲスト出演させていただきます。ぜひ応援してください。今回は宣伝こみのお話でした。