花まる教室長コラム 『せいこー!』

『せいこー!』2017年4月

「Sの心は今、どんなことを思っているのか教えて。」
 
「作文が書けない」「作文を書きたくない」という子は毎年どの教室にもいる。1年生のSもその一人。8月から書き始めたものの、「いやだ」「やりたくない」と言ってなかなか前向きになれずにいた。
 
「Sの心はね、毎日いろいろなことを感じているんだよ。たとえば、ピョンって飛び跳ねたり、ズシーンと重くなったり、ザワザワって落ち着かなくなったり、フワッと浮いたり。今、Sの心は何を感じているだろう?」
伏せられていた大きな黒眼がキョロリと動いた。
 
「先生の心は今、Sが作文を書きたいって思えるといいなという気持ちが100%だよ。その前は3年生の男の子を見て同じように思っていたよ。花まるが始まる前は、今日はみんなどんな顔をして来るかな?と楽しみにしていたよ。朝はね、今日の晩ご飯は何にしよう?と考えていたよ。」
クスッと笑い声が聞こえる。
「これ、Sの心ね。」
と言いながら用紙に大きなハートを描いた。
「Sの心がピョンと飛び跳ねるのはどんなとき?」
「んー、びっくりしたとき!」
「びっくりしたときにピョンとなったんだね!何にびっくりしたの?」
「マジックを見たの」
「マジック?それはTVで観たの?」
「んとね、電車があるところ。」
「ホームかな、それとも改札?」
「えっと、電車から降りて外に出るでしょ」
「ひょっとして、タクシーやバスが停まっているところ?」
「そう!」
「ロータリーだね!」
「ロータリーって何?」
「駅の外に車やバスが停まっているところのことだよ。」
「それは駐車場でしょ?」
「そうだね。ロータリーって、バスやタクシーが停まっているところに人が乗って出発して、また乗って出発してを繰り返している場所のことだよ。」
「ふ~ん」
ハートを見ながら会話を進めていく。

「じゃあ、Sの心がズシーンとなるときはどんなとき?」
「ズシーンとなるって?」
「ズシーンと重くなるということだよ。それはどんなとき?」
「お母さんに怒られたとき!」
「そうか(やっぱりSはお母さんのことが大好きなんだね)」
「お母さんに怒られたとき、Sはどうするの?」
「んとね、お母さんが部屋に入った後にゴミをポイって捨てるの。」
「ゴミはたくさん投げるの?(整理のつかない気持ちを物に当てているんだね)」
「ううん、いっこだけ」
 Sの眼や唇の動きを確認しながらトントンと心のドアをノックする。強く押しても駄目だし、引っ張り過ぎても駄目。自然に扉が開くまでとことん付き合う。

「じゃあ、Sの心がポカポカするときってどんなとき?」
「おふとんに入ったとき!」
Sの瞳孔が一気に開いた。

これだ!!
「そうだね!!温かい布団に入るとポカポカするよね。Sはお母さんと寝るの?」
「ううん、一人。」
「一人で寝ているんだ、偉いね。お母さんとは別々に寝るの?」
「ううん、お母さんはあとからこっそり音を立てないで入ってくるの。」
Sの口からこぼれ出る言葉に、想いが乗ってきた。
 それらを風化させてしまわぬよう、ハートの枠の中に書き込んでいく。あとは、彼の心の奥に眠っている言葉を引き出せばいい。
「お母さんはSを起こさないようにそっと入るんだね、優しいね。」
「めざましどけいのピョロロロンっていうおとがきこえてくる。目をちょっとあけるとなってる。なる前におきるときもあるよ。どようびは6じはんにおきたよ!」
「すごいね、早起きしたね!」
「うん、ママのかおがあるよ、ときどきカメラでとってる。」
(!!)
「たまーにね!」
なんとチャーミングなのだろう。もうこちらが引き出すまでもない。Sは完全にペースをつかんだ。

さて、作文書きに移るここからが勝負。いつもの作文用紙を見せて「さぁ、書こう」ではやる気になれない。ここでプレッシャーを与えてしまっては、それまでのやり取りが水の泡になってしまう。できる限り自然な流れでそっと用紙を置き、間髪入れずにこう続けた。
「Sはマジックのこと、お母さんに怒られたときのこと、お布団のこと、どれを書く?」
「お布団のこと!!」
「OK!そうしたら、美和先生はどこにいようか。Sが一人で書くよ!と言うのであれば先生は離れるし、お手伝いした方がよければここにいるし、Sが決めていいよ。一人で書く?ここにいる?」
コクっと頷いたのを皮切りにSとの共同作業が始まった。ハートの中にメモした言葉を私が読み上げ、その音を頼りにSが文字に起こす。
「ふ、ふ、ふ、これだ!!」
「と、と、と、そうだ!!」
平仮名を思い出しながら書き進めるS。その表情は楽しげだ。

今のSにしか書けない作文が仕上がった。その瞬間、拳を突き上げながらこう叫んだ。
「せいこー!!」

高山 美和