『幸せの山道』2013年10月
ビッグサイトでの20周年記念イベント「もしも花まるが小学校を作ったら」は、無事終了しました。スタッフも含めると10,000人規模。若い社員たちが結束して準備をがんばり、来てくださった方々の温かい気持ちのおかげで盛り上がり、素敵な時間を過ごすことができました。参加してくださったみなさん、本当にありがとうございました。これからも海釣りや探偵団・雪国スクールなど親子での企画にはぜひ来てください。特に11月4日のシャイニングハーツパーティは障がいを持った子たちと喜びを共有できる場です。ほんのちょっと億劫な気持ちを乗り越えて、子どもたちに機会を与えてくださればと願います。
さて、サマースクールのサバイバルキャンプで、面白い経験をしました。村に一つだけある小学校、青木小で、村の子たちとの青空授業と川遊びを終えての帰途のことです。子どもたちは、約3キロの道のりを歩いて山奥にあるキャンプ場「地球クラブ」に帰るのですが、私は過去7年間いつも車で別の道を帰っていました。使用したもろもろの荷物を誰かが車に積んで運ぶしかないからです。
しかし、若者に運営をすっかりまかせて数年たち、今年は他の人間に運転をまかせ、私も徒歩での行軍に加わりました。真夏の日差しの下、走って飛び込んで遊んでクタクタということもあり、本当は心のどこかで楽をしたいという気持ちがあったことは、告白せねばなりません。背中を押してくれたのは、子どもたちの「えー、一緒に行こうよ!」という声でした。
果樹園や畑の中に民家が点在する里山を抜け、坂を上り山に入り、小一時間歩く道は、汗だくでした。しかし、時間も労力も車の何倍もかかるこの遠まわりは、幸せの道でした。深い緑、花々、追いかけっこ、山の中のあちこちで響き渡る歌声・笑い声・話し声…。特に5・6年生の5人の女の子とのやりとりは素晴らしいものでした。
私がずっと昔に幼稚園児のお泊り保育のバイトをやったときの名前が「まんまん(やる気まんまんの意味)」だったことを知ってる子がいて、しかも私が赤いシャツを着ていたので、「いちごまんまん」というあだ名をつけられました。そして5人が「♪いちご(いちご)、いちご(いちご)、まんまんまんまん!」と声を揃えて歌います。それを歌われるとどうしても踊ってしまう私という芸で応えたら大笑い。何度も何度も続くのでした。
また、きれいな花を見つけると私は写真を撮るのですが、撮りはじめると必ず5人が私の背後に忍び寄って来て、アフリカの舞踏のような奇妙な踊りを静かに踊っている。私が振り向いて驚いてみせると、大笑い。子ども同士見つめあってはまた腹を抱えています。葉っぱもたくさんかけられました。私の後頭部が薄いことを面白がり、葉っぱをパラパラとかけてきて「これで見えないね」とか「もう大丈夫」と話している。突然気づいたふりをして「コラー!」と怒ってみせると、またまた大笑い。
道中ずっと彼女たちの満面の笑顔が輝き続けていました。それは、まるで森の妖精たちがクルクルと飛び回りながら、旅人の私を元気づけてくれているようでもありました。キャンプ場に着いたときに思ったのは、ああ私は数年間なんともったいないことをしたのだろう、ということです。何よりも子どもたちのためにこそやっているのですが、自分自身も子どもたちと自然の中で遊びたくて花まるを創り、サマースクールを始めたはずなのに、こんな最高の幸せをつかみそこねていたとは。そしてそれは、いかにも現代的な落とし穴だなとも考えました。
「便利な方がいいよね」「速い方がいいよね」と日々刷り込まれていますから、歩いて50分、車で5分と知ると、どうしても「速くて効率的な道・楽な道」を選んでしまう。しかし、本当の幸せは、汗をかいて、時間をかけて、たくさんおしゃべりをし、戯れながらみんなと歩く山道の方にあったのです。体力は使うし汚れるしちょっと苦しいけれど、踏み出してみると、そちらにこそ充実や成長がある。人生によくあることです。
子どもたちを、まず何よりもサマースクールや雪国スクールのような、親元を離れた子どもだけの寝泊りと野外体験に、放り込んであげてほしいと思います。自然の中で、ワイワイと語り合いながら歩き走り遊ぶ豊富な経験あってこそ、そしてその醍醐味を味わっていればこそ、大人になったとき、様々な場面でいくつもの選択肢がある中で、「幸せの山道」を選び取れる人になれるでしょう。
花まる学習会代表 高濱正伸