『文化をつくる』2014年6月
G1サミットという日本版ダボス会議のような場を作り上げた、グロービス経営大学院学長の堀義人さんと、ある新聞社の企画で対談しました。武雄の件一つが、昨年のG1サミットでの藤原和博さんと樋渡啓祐武雄市長との朝食での会話からスタートしているのですから、私にとっては恩人でもあるし、無から有を生み出す魔法の箱を作り出した凄い人だと言えるでしょう。
対談のテーマは「世界でメシが食える大人に育てる」。そこで伺った堀家の教育方針が、興味深かったのでご紹介します。男ばかり5人の兄弟なのですが、全員やらねばならないことがある。それは、囲碁と水泳と英語を学ぶこと、中高どこかで一年は留学すること、そして大学か大学院のどちらかは海外のそれに進学すること。
留学や水泳や英語はイメージしやすいですが、「囲碁?」と呟かれた方もいるのではないでしょうか。私はというとその瞬間「さすが!」と思いました。なぜなら、数理的思考力育成において必要な、「論理力(必要条件を探し出す力と場合分けをやりきる力)を育む論理思考体験」「数感を育む数え上げ」「俯瞰して全体を見渡す経験」「図形認識力を伸ばす経験」などなどが、全て含まれる最高のボードゲームだと感じていて、公立の小中学校では、全員がやったほうがいいのではないかと考えていたからです。
面白かったのは、生まれ順で定着に差があったことで、長男のときは「やりたくない」というような壁などで、「(囲碁をやらせること自体に)本当に、苦労しました」ということなのですが、次男以下は「お兄さんたちがやっているので、むしろ進んでやってくれて、楽だった」というのです。
ここに真理があります。それは「文化=我が家では当たり前」にしてあげることが、子育てのポイントであるということです。よくビジネス書などで、「(望ましい行動などを)習慣にすることが、勝利の秘訣」と書いてあるのですが、全く同じで「当然やるもの」と心が認識し、やることは当たり前だと思っていれば、人間は易々とその行動を習慣にできるのです。つまりは、こういうことがやれる子に育ってほしいと願うならば、「当たり前=文化」にしてあげることが、子育ての秘訣なのです。そして、ゼロをイチにするときが、最も親として苦労するときだとも言えるでしょう。
私が教室長をやっている教室でも、早くその日の課題を終えた子のための特別課題を与えるレインボータイムを利用して、囲碁をやらせたいと考えていたのですが、今年成功しました。それはたまたま囲碁をやりたい子がいたからです。彼は、囲碁をやって良いと知ってからは、他の教材教具を入れたカバンとは別に、木製の囲碁盤と碁石を入れた袋を担いで走って来るようになり、私の顔を見ると「今日は打てる?」と聞くほどでした。そして彼の囲碁愛につられて、一人またひとりと引き込まれてファンが増えています。
ノリに乗った子が出現すると、こんなに簡単に広まるんだと感じていますが、さてそれでは最初のやる気をどう育むべきでしょうか。その点でも堀さんの見識は、参考になりました。ある大学教授の講演で、人が心に残る言葉を親から言われて記憶している「濃密な時間」が、「送り迎えの時間」だと聞いたのだそうです。それで、仕事仕事の日々の中で、お稽古事の送り迎えだけは積極的に手伝って、自分のやってほしいことをつぶやき続けたそうです。「お父さんは、中学高校になったら、一年は留学した方がいいと思うんだよね」というように。その結果は、5人全員が水泳と英語と囲碁を喜んでやるようになり、上の子たちは当然のように海外に学びに渡っています。中には囲碁で全国優勝する子まで出たのです。
さて「送り迎え作戦」は、花まるメソッドとしては「一人っ子作戦」の一種だと言えます。物理的に一対一の時間に、ともに何かをしながら語る時間は、子どもにとって親の言葉を素直に受け止められる時間です。「例えば送り迎えの時間を楽しみにしている子は多いんですよ」と講演会で私が言うのを聞いた方は多いでしょう。
それにしても、仕事で傑出した結果を出す一方、子育てにおいても自分の感性と頭で編み出した作戦で、実績につなげている。男の人生として素晴らしいなと感じました。いつも本質は何か、肝心なことは何かを見定め、見切ったら強い意志で実現する。「カッコいいパパの代表」と言えるでしょうが、彼もまた、田園風景の中で走り回り、外遊びをして育ったそうです。
花まる学習会代表 高濱正伸