西郡コラム 『涙もサマースクール(2)』

『涙もサマースクール(2)』 2014年11月

この長野県に宿泊しているからこそ見ることができるものがある。昨夜、子どもたちが寝静まる午後10時ごろに雨もやみ、雲は切れだした。雲が去りはじめると、切れ間から星が現れ、次第に無数の星が夜空を覆った。星の数の多さに圧倒され、光の輝きの明るさに驚き、それが点滅しているかのようで更に驚き、手に届くばかりの近さだと錯覚する。この夜空に宇宙空間の無限と心の空虚を感じ、ひたすら感動した。この夜空を子たちにも見せたい、感動してもらいたい。願いがかなって翌日の最終日、キャンプファイアーを終え、宿舎のロッジ前に全員が仰向けになり、無数の星を子どもたちは眺めた。言葉を発するものはいない、言葉は要らない、ひたすらこの空間に子どもたちは浸っていた。この夜空は、私たちが住む首都圏では決して見られない。星空に感動、というお土産ができた。
 感動って、いったい何になるの、何に役立つの、何か意味があるの、本当に生きる糧になるの、こう自問するときがある。実利もない。しかし、窮地に踏みとどまり、踏み越える、その力はいくつもの経験を経ることで作り出される。そして、経験を刻み込むのは感動するから。自分は今生きているって実感できる瞬間が感動ではないだろうか。どうせいつかは死んでいく、いっぱい感動して心に刻むもの勝ち、と変な理屈で自分を納得させている。
 ここまでは順調なサマースクール、たくさんの思い出づくりもできた。しかし、最終日、作文を書き、表彰式を終え、ひとり一人に賞状を渡すときに事件が起きた。サマースクールは、異学年で構成するグループで活動する。グループには大人のリーダーが一人ついて班の世話をする。そのリーダーが、ひとり一人にサマースクールでのエピソードを賞状に書いて認めてあげる。前日、ひとり一人を思い浮かべ、サマースクールに参加して一緒に行動してくれた感謝の気持ちを込めて、夜遅くまでかかかって書き上げる。一人ひとりに読み上げる、この賞状渡しが、サマースクールの総仕上げ、涙しながら渡し貰う象徴的なシーンのはずだった。
 一人の女の子が顔を膝に伏せて大泣きしている。感動の涙ではない。賞状に書いてあるエピソードは自分がやったことではない、書いて読み上げた内容が違っていたのだ。心待ちにしていた賞状に嘘がある。サマースクールを楽しみにして参加した、まじめな純粋な子、賞状を楽しみにしていただけに落胆も大きく、大泣きするのももっともなこと。楽しかったサマースクールが、思い出の象徴がいっぺんに吹き飛んだ。リーダーも自分の失態と申し訳のなさで狼狽し放心状態になっている。すかさず、責任者である宿長が泣き崩れる女子に近寄り、謝罪をするも何も言ってもこちらの声は聞こえない。嗚咽しながらただ泣いているだけだった。宿長も時間をかけるしかないと覚悟を決めているが、もう昼食の弁当の時間、そして帰路に就く時間、全体の指揮もとらなければならない。宿長の状況も察して、私が引き受けた。
 私の言葉は響かないとわかっているが、サマースクールでの楽しかったこと、その子が下級生の面倒をよく見て、自分を出さずに班の行動をまとめようとしていることなど、彼女の活躍を認める言葉をたくさん並べた。そして、しばらく沈黙、時間をかけた。鳴き声が少し収まってきたところで再び声をかけた。
 本当に申し訳なかった、せっかくもらった賞状に違うことが書いてあったことは、ショックだったとも思う。先生たちが悪い、たくさん泣いてもいいよ。でも、聞いてくれる。賞状の間違えは許せない。けど、サースクールの思い出が消えるわけではないでしょう。このサマースクールで何が楽しかった。ペンダント、竹の皿、コップづくり。もぎたてのトウモロコシもきゅうりも美味しかったね。川も冷たかったけど面白かったね、たくさん遊んだね、それに、あなたは4年生で小さい1,2年生の面倒をよく見ていたもんね。小さい子がわがままを言っても、あなたはちゃんと受け止めて、リーダーを助けてくれたよね。先生、えらいな、って思って見ていたんだ。そう、賞状のことは、もう、これはこっちが悪い、謝ってもあなたの気持ちが晴れるわけではないことはわかる、でもリーダーを許してあげてほしいんだ。誰だって間違いをする、反省して悔い改めれば、それを許してやる気持ちも大切だと思うんだ。あなたなら人を許す人なれると思う。これ、先生からのお願い、許してくれる。
 時が経つと彼女も落ち着いてきた。塞ぎこんでいるものの嗚咽も薄れ、涙も枯れてきた。まだ、と思いつつも、そろそろみんなのところに帰ろうか、弁当の時間だねと声をかけても、やはり頑なに首を振って拒否する。もう気持ちは収まってきている、なぜ拒否する。そうか彼女はこれまで上級生として班を引っ張り模範になってきた、しかし、今、自分の問題で班行動をとっていない、しかも泣き顔を見せたくない、すんなりとグループに戻る絵が描けないでいる。彼女のささやかな面目を保ってあげればいい。ここでお弁当を食べよう。そしてバスに乗るときにみんなと一緒になろう。縁石の上で二人並んで弁当を食べた。
 そして、バスに乗るまえに新しく書き直した賞状を渡すときがきた。書き直したリーダーは賞状を読み上げようとするが、涙で読むことができない。もう一度読むことが怖い。この涙に、このリーダーの誠実さが見えてくる。サマースクールに何度も参加、教育に関わる仕事をしようと思っている、大学4年生の娘だ。子どもたちを献身的に世話する評判のいい、責任感の強い娘でもあり、サマースクールを支えてくれている一人だ。申し訳ないという気持ちで涙があふれている。そして、賞状を貰う娘もまた泣き出した。二人でただただ涙、止まってしまった。ここで読み上げてあげないと次がこないよ、と促すと、リーダーは震える声で新たな賞状を読み上げた。
 解散の場所にバスは着き、お迎えがきた、その子の母親に事情を話し謝罪した。もう3年間、サマースクールに参加しています。参加するたびに、彼女の成長を感じます、と母親。あってはならないこちらのミスが、サマースクールを理解してくれる人たちのおかげで、その子の糧になった。

西郡学習道場代表 西郡文啓