花まる通信 『半径3m以内に 大切なものは ぜんぶある』

『半径3m以内に 大切なものは ぜんぶある』2015年2月

昨年、私の担当する教室に通っていた6年生の男の子M君は、仲良し4人組で花まるに来ているお調子者タイプの子でした。子どもらしいところを残しながらも中学生に向けて少しずつ大人びていく彼をほほえましく思っていたある日、途中式がなく答えだけ書かれたM君のサボテンを見つけました。答えを見て書いたことは一目瞭然でしたが、「これ、途中式ないと難しかったでしょ?どこか違うところに書いたの?」と聞きました。「あー、うん。いや、消した。」ともごもご答えるM君。何も言わずに私はじっと彼を見つめました。「そうか。途中式消すとまちがえた時確認できないから、今日から残そう。」と伝えて数分後、M君は「答えを見てやりました。」と正直に打ち明けました。居残りをすることになり、消してやり直して…としている間に、M君のお母様に電話し、今日は遅くなると伝えましたが、いつもどおりの時間に迎えに来てくださいました。M君がサボテンをやり直している間、話をしていると「最近、M、だらしないんですよね。○○君はスポーツがんばってて、△△君は算数がすごく得意で…なんか、大丈夫かなって。」とため息をつくお母様。ちょうどその頃、M君がすべてのサボテンをやりきったので、M君の元へ。「『半径3m以内に 大切なものは ぜんぶある。』って言葉、知ってる?」と私が聞くと、M君は不思議そうな顔で首を横にふりました。この言葉は、あるCMで、宮崎駿監督が残したものです。大好きな映画とのタイアップCMだったので、鮮明に覚えていました。「半径3mってどれくらいだろうね?」「これくらいじゃない?」「うん。今、Mの半径3m以内って、何があるかな。」「先生とサボテンと、自分。」そこまで言ってM君は、ぐっと唇をかみしめて、目に涙を浮かべていました。自分をごまかさないでほしい。わからないならわからないと言っていい。やりきったね。がんばったね。と伝えました。M君が帰りの準備をしている間、お母様のところに戻り、話の続き。最後のやり取りまで伝え、「お母様の半径3mって、何がありますか?」と聞くと、「今は、家族ですね。Mですね。」と答え、そこから何も言いませんでした。M君が出てくると、「スッキリしたね。帰ろう。」とだけ言って帰っていきました。次の週、M君は宿題を全部やってきました。翌週も全部。しかしその翌週、サボテンを1ページやり忘れてきました。ただ、答えを見てやってくることはその後一度もありませんでした。
 半径3m以内にあるものは、変わっていきます。例えば私の場合、友人や家族は今、半径3m以内にいません。しかし、過去に大切だった人やものは、今の私を支えていて、原動力となっていることはまちがいありません。
 最初は「がんばっているならそれでいい」「この子が楽しいならそれでいい」と思っていても、ついつい周りを見て「あの子はあんなにできているのに…」と欲が出てしまいます。しかし、もう一度「我が子にとっての・自分にとっての半径3m以内」を見つめ直してほしいと思います。
 今の私の半径3m以内には、教室があり子どもたちがいます。どんな顔でやってきても、授業の後はみんなが笑顔で帰れる。そんな場所であり続けたいと願っています。

赤松 里紗