『ことばをどう扱うか』2014年12月
先日の授業中。ひとりの年中さんが、私の使った二字熟語を、きっとはじめて聞いたのでしょうが、正確に聞き取りリピートしました。その後別の子は、私が話した言葉を、同じ意味の別の言葉で言い換えて、意味を聞き返しました。赤い箱時代の子どもたちは耳から入ってくる情報にとても敏感で丸暗記が可能です。この時代に、大人の使う言葉をしっかり蓄積させているのです。
3年前まで、スクールFCの現在の4年総合科のオリジナル国語テキストの元となる「特国」クラス、現在の「小3Jコース国語」の教材を作っていたころ、毎月「はずむ国語 特国通信」なるおたよりを発行していました。2012年からは渡仏する可能性があり、私自身が教鞭をとる最後の授業が終わった時に、はじめて子ども達に向けてのお便りを書きました。一部を抜粋します。
「今日でみなさんの特国授業は最後となります。一年間よく頑張りました。先生が君たちと同じ年のころ、「こんな国語の授業があったらいいのにな。そうしたらきっと国語の授業がもっと楽しくなるんじゃないかな」そう思い続けてきたことがありました。幼いころ、「国語」というフィールドにおいて一番面白いのは、「自分が知らないことばに出合うこと、知らなかった新しい表現を発見すること」であり、さらに楽しいのは、その新しいことばを、友達同士と会話するときなんかに使ってみることができたときでした。
「国語の授業の中で、こういうことをもっともっとできたらどんなに楽しいだろうか」その気持ちは、大人になっても心の中にずっとありました。まさか先生になるとは思っていなかったのですが、今こうしてみなさんの前に立つと、あのときの問題意識(どうしてだろう、こうあったらいいのに、と疑問に感じたことを、ずっと考え続けていること)を、こうやって授業を通して、みなさんと共有できたことは幸せなことだと思っています。
新しく学んだ言葉を使って、文章を書いてみる。ひとつの言葉から、豊かに想像を広げていく。たった一語の語彙から、読み取れる意味を推測していく。ひとつの文章から、さまざまな人のものの考え方、世界の切り取り方、感情の伝え方があると知る。ことばに触れる楽しみ、文章を読む面白さは、ここにあります。そしてこれらのことを、先生とみなさんは一年間一緒に、取り組んできました。
これまでの一年間の自分を、思い返してみてください。そこにはいつも知的な楽しさが存在していたなら、みなさんは国語の力を、語彙を獲得していく力を通じて、これからは自分ひとりででも、伸ばしていける力を蓄えた、ということになります。楽しいという気持ちは、面白いと感じる心は、みなさんの知識を豊かにしていくためのガソリンとエンジンです。それらを動かして、生きていく道を決めていくのは、自分自身。誰のためでもない、自分を豊かにするための、勉強です。
トライアングル※も、タンバリン※も、明日からありません。でも、みなさんの心の中には、きちんと大事なものが残っているはずです。知らないひとつの言葉に出会ったとき、さあ、あなたならどうしますか。勉強では、知らないものは言葉や知識ですが、人生においては、知らないものはきっとそれだけではないでしょう。
知らないものだらけ、新しいことだらけの人生というフィールドに立ったみなさんを、いま先生は想像しています。トライアングルを目の前にして、新しく知った言葉を使って、さあいかにうまく文章の中で使ってやろうか、と考えるあのときの、みなさんの表情と同じです。
先生は、みなさんに魔法をかけました。言葉のセンスと、書く力を伸ばし、国語を好きになる、という魔法を。でもその魔法は、いつか消えるものです。消えるころには、本物の力となって、みなさんの生きていく力の、片腕となっているはずです。魔法が消える前に、本物の力とすべく、今度は自分で自分を鍛えていってください。みなさんが、自分自身の問題意識と出合えるように。
2011年1月 丹保由実」
新しいことばに出合ったときに、どのように対峙するのか、は、人生において新しい壁や悩みにどう立ち向かうのか、新しい人間関係・環境におかれたときに、どんな心で対応するのか、と同じです。ことばを積み上げていける人は、思考も積み上げていける人です。思考を深められる人は、自分で自分の道を責任もって切り開いていく力を持つ人です。言葉を大切に正確に扱う人は、人や物も同じように大切に考えられる共感性を持つ人です。
子どもたちには、新しいことばを知りたい、正確に使いたい、と思わせてあげることが、私たち大人にできることです。そしてそれは日々の生活で使うことばから。そして、間違った使い方はいつでも指摘しあう関係から。子どもたちは大人たちのことばを聞いています。そこにのって届く、私たちの哲学までも。
※トライアングル・タンバリン…教材の名称。新しい語彙を使って文章を作るプリント教材と、面白い読み物を読みながら、語彙に関するなぞぺーに取り組むテキスト。読むタンバリンは、後に「国語なぞぺ~上級編」になって2012年草思社から出版されました。