『Nous pouvons rêver』2023年9月
4か月前、いまとは正反対の暑さのなか、私はサマースクールに参加していました。
2年生のSくんは、サマースクール初参加。行きのバスのなかでみんなに「何を楽しみにしているか」を聞くと「秘密基地づくりが楽しみ!」と意気込むSくん。「いいね! どんな秘密基地にしたい?」
「二階建てにしたい!」
おお~いいね~! と熱を帯びた返事とは裏腹に、頭のなかでは「できるか…?」と冷静な私もいました。これまでの秘密基地づくりでも同じように夢を抱いていた子はいましたが、つくれたことはありませんでした。
秘密基地づくりで与えられるのはロープだけです。3~4本の樹木にロープを張り、そこに木を立てかけて壁に草をかぶせて屋根にして、自分たちだけの基地をつくります。つまり、ロープしか人工物がないなかで、たったの1時間半ほどで二階建てをつくるということ。現実的ではありませんでした。
いろいろな子の話を聞きながら、Sくんは二階をつくりたいんだって、と共有すると、「それは無理じゃない~?」と言われるも、
「やってみないとわからないじゃん! 二階建てつくってみたいんだよね~」
と意にも介さない様子でした。
秘密基地づくり当日。森に着いても私のなかでは、進めていくべき方針が定まりませんでした。二階建てができるとは正直思えない、ただSくんの思いを無下にして最初からあきらめるという選択もしたくない。Sくんに改めて問いかけました。
「二階建て、つくりたいんだよね」
強くうなずくSくん。腹を決めました。Sくんがそう言うなら! やれるだけやってみよう。
人が乗るからには頑強にしなければいけない。4本の樹木にぐるっと張るロープを、大人のあらん限りの力で引っ張る。“日”の字になるように中央にロープを張り、日の字の上の四角の内側に、ロープを網目のように何本も括り付ける。これが私の考えうる最善の形でした。あとはSくんがさっきから何十往復もして集めた枝を網目ロープの上に敷き詰めるだけ。高いところなので私が載せていったのですが、Sくんは度々「まだいる?」と聞いてきます。まだまだ、全然まだまだだ! 私の力強いセリフに、Sくんも鼻息荒くうなずき、また一往復、と枝を集めてきます。その様子を見て、ほかの子も枝を集めてきてくれるようになり、ロープの上には隙間が見えないくらい枝が敷き詰められました。
ここまでしても私は、ここに乗れるという確信を持てませんでした。Sくんに聞きます。乗るか?
「…乗る!」
ほかのリーダーに保険としてロープの下に入ってもらい、私がSくんを抱っこして、木の上にそっと座らせます。ゆっくりゆっくり…、Sくんの体が強張っているのも伝わってきます。落ちるかもしれない、だけでなく、この1時間の集大成がどうなるか、その緊張もありました。
私が手を離したとき、Sくんははっと前を見ました。座れた。安定している。大成功! わっとチームのみんなの歓声と拍手が沸き起こりました。
「ちょっとチクチクする~」
笑顔のSくんはそう言いました。それを見た子が「俺も俺も!」と殺到し、なんと40㎏ほどの高学年の子でも座ることができました。
最終日、ある子の作文の題名には“Sくんがいなかったら”と書かれていました。
“Sくんがいなかったら、二階をつくろうなんて言う人はいなかった。言う人がいたとしても、最後まで二階をつくろうと言い続けない。Sくんは最後まで夢を叶えたいと思っていたから、二階ができました。”
Nous pouvons rêver.
…私たちは夢を見ることができる。
2022年12月11日に行われたFIFAワールドカップ、モロッコvsポルトガルで勝利したモロッコの監督、ワリード・レグラギ氏の言葉です。アフリカ勢初のベスト4進出を成し遂げましたが、ワールドカップ開始前に「勝てるか?」と聞かれていました。
“なぜそんなことを聞くのか、私たちは夢を見ることができるんだ。(映画の)ロッキーを観たとき、ロッキーを応援したくなるはずだ。我々はこのワールドカップのロッキーだと思う。”
このセリフにはしびれました。同時にSくんを思い出しました。私にとってのロッキーは、Sくんでした。はたから見ると荒唐無稽に見える夢も、見なければ叶わない。Sくんにそれを教えられました。
花まる学習会 岡本祐樹