花まる教室長コラム 『Can I help you?』森田千宏

『Can I help you?』2024年1月

 高学年クラスで花まる漢字検定に向けて練習問題に臨んでいたときのこと。
「先生、俺、今回は合格無理かもしれへん…」
6年生のNくんが落ち込んだ様子で言いました。低学年から順調に合格を重ねていったNくんは、前回の花漢で小学生の範囲をすべて終え、中1レベルに該当する4-A級に挑戦することになりました。答案を見てみると、書けていた漢字は30問中4つのみ。テスト本番まであと2週間です。「まだ時間はあるよ‼ ちょっとでも練習していこう」これは子どもたちによくかける言葉です。しかし、Nくんにも同じように伝えるのはなんか違うな、と立ち止まりました。
 これまでがんばってきて、飛び級にチャレンジしたこともあるNくんだからこそ習得できるかどうかの見立てもできていることでしょう。実は、私がこれまで受け持った生徒のなかで中学生の範囲に到達したのはNくんのみ。そのため、4-A級のレベルを確認しようと私も同じ問題を事前に解いてみたのですが、ド忘れして書けない漢字が数個あったのです。語彙も小学生男子の会話では決して出てこないような難しいものばかり。
「わかる。これは大変やわ。先生も書けなかった漢字あったもん。大人でも躓く問題にNは挑もうとしているからなぁ」
とにかく共感していることを伝えたいと思いこう言いました。すると、表情が少し柔らかくなったNくんが
「先生の生徒で4-A級にいった人は俺だけやんな?」
と聞いてきました。
「そうやで! なんならこの教室でも初めてやで」
そう答えると、「そっか」とだけ言い、自分の席に戻っていきました。

 今回は無理かもしれないと思っていましたが、Nくんは無事に合格しました。私が採点して喜んでいると、大学生と中学生のお母さんでもある講師Fさんから、興味深い体験談を聞きました。

 Fさんの長男Kくんが小学校高学年の頃、よく言い合いになっていたそう。原因は学校で出された漢字をノートに写し練習する課題。本人がやる意義を見出せずあと回しにするためなかなか終わらない。でも外に遊びに行きたい。大人から見れば“やれば15分もかからないし、さっさとやって遊びに行けばいい”と思う内容。「先に終わらせたら遊びに行っていいよ」と言ってみるものの、Kくんはいつまでも始動できずぶつぶつ文句を言ったり落ち着かずふらふらしたり。しまいには「もう! 遊ぶ時間がなくなるやんか」と怒り出す始末。このやりとりが毎日のように続くので、Fさんは対応を見直すことに。心掛けたことは、気持ちに寄り添うこと。行動に移せないことをKくん自身も困っているのだと想像し、まずは「何か手伝えることはない?」と聞くことにしました。すると「俺これどうしても嫌いやねん。遊びに行く時間がなくなると思うと余計にイライラするから、先に遊びに行かせてほしい。帰ったらやるから」と返答。本当に帰宅後に取り組むのかと半信半疑ながらも、Kくんの要求を承諾しました。帰宅後は約束どおり宿題に取りかかれたそうです。

 まずは本人の気持ちに寄り添い共感すること。「わかってもらえた」という安心感があれば子どもは切り替えられる。この教訓から、私のNくんへの対応を思い出しました。あのとき、未習の漢字を学ぶ大変さに共感せず「そんなこと言わずできるだけやろうよ」と伝えていたら、Nくんは諦めていたかもしれません。がんばれと背中を押すこともときには必要ですが、子どもが弱音を吐いたり、何かを拒否したりするときは、一度その気持ちに共感し、手伝えることはない? と手を差し伸べ、自分は味方なのだということを示す重要性を再確認しました。

 後日、また共感が必要な場面がやってきました。なぞぺーの白黒迷路を前に「うわー、これ何回やっても無理‼」と天を仰いでいるHくんがいました。3年生の問題はレベルが高く、試行錯誤力が求められます。テキストには何度も消した跡と消しカスだらけで、煮詰まっていることがわかります。
「ここまでよくがんばった! これはなかなかゴールできない大ボス問題やから大変やねん。…先生がやってみようか?」
「いや、それはいい!(笑)俺が解くからっ!」それまで少しイライラしていたHくんが笑いながら慌てて鉛筆を手に取りました。

 どんな状況でも、あなたの味方だよ、と言葉や態度で伝え続ける指導者でありたいと思います。

花まる学習会 森田千宏