『言霊』2025年1月
「もうAとは友達をやめる!」
小学4年生のときに、テレビドラマの影響で何の考えもなしに友人のAに向かって放った言葉です。
「どうしてそんなこといきなり言うの? なんか悪いことしたなら謝るから!」
と食い下がってくるAの反応がおもしろく、
「理由なんてない! とにかく絶交だ!」
と言って家に帰りました。
いま思えば、Aが必死になっている姿を見て、自分はAにとって大切な存在なのだと再認識していたのでしょう。その日の夜、母に食卓でそのことを話したところ、
「お前は最低な人間だ。お前に食わせるメシはない。家から出ていけ」
と家の外に出されました。
笑い話をしたつもりが、母に烈火のごとく叱られ、家から閉め出されて訳がわからず大泣きしていると、隣の家のおじさんに話しかけられました。
「そんなに泣いてどうした?」
おじさんは剣道をやっている人で、毎晩外で素振りをしていました。父が単身赴任で不在だったこともあり、何かと私のことをかわいがってくれていました。
「ほら、何があったか言ってみろ」
ブン、ブン、と素振りをする音が響きます。
「お母さんとケンカしたのか?」
首を横に振りました。
「学校で何かあったのか?」
と言われ、
「友達に絶交だ! って言っただけ」
ボソッと呟きました。
「結構なことを言ったなぁ。いやなことでもされたのか?」
「別に。冗談で言っただけだよ」
空を切っていた木刀の音が止み、おじさんがこっちを見ています。
「言霊って知っているか? 人が発した言葉には力が宿るんだ。言葉には目に見えない力が宿る。良い言葉だったら良い力が宿るし、悪い言葉だったら悪い力が宿る。本心ではなかったとしても、言っていい言葉と悪い言葉がある。君が友達に言った言葉はどっちだと思う?」
「でも冗談だし!」
と言うとおじさんが木刀を構えました。
「おじさんが持っている刀は木でできている偽物だ。でもこの偽物でも簡単に人を傷つけることができる。逆に、正しく使えば人を守ることにも使える。言葉も一緒だよ。本心から出た言葉ではなくても相手を傷つけることがある。冗談で言ったのであればその子に謝ってきなさい。許してもらえないかもしれないけれど、その子と友達でいたいなら気持ちをしっかりと伝えるんだ」
母とおじさんの反応から自分が悪いのだとは認識しつつも、素直に「はい」と言えずにいました。
「いっぱい失敗していいんだ。言葉は一人では生まれない。誰かがいるからこそ生まれるものだ。明日、Aくんにひどいことを言われるかもしれない。でもその言葉を生んだのは彼だけではないね。Aくんの想いを受け止めて、自分の本当の気持ちを伝えてきなさい」
そう言うとおじさんはまた素振りを始めました。
翌日、学校に行ってすぐAに謝りました。
「もう絶交なんだろう? 話しかけてくるなよ」
と冷たいAでしたが、3日かけて何とか許してもらうことができました。Aが許してくれたことをおじさんに伝えると、
「そうか! 今度からは何も考えないで話すんじゃなくて、相手がどう思うのかを考えてから話をできたらいいな」
と笑うのでした。
花まる学習会 村田寛典