『ゆっくり時間をかけて……』2025年1月
「ご無沙汰しています。わかりますか?」
たまたま用事があって行った教室の授業後、勤務していた講師に挨拶をすると、大柄な青年講師に声をかけられました。マスクを外しながら、クイズを出すかのようにニヤニヤしている彼の顔を見て、自分の記憶を手繰り寄せました……。
昔々あるところに、とにもかくにも電車が大好きな男の子がいました。授業が始まっても窓の外を眺めてばかり。初めて来た体験授業でも入会後も、私のメモには余所見していることと、窓の外を見ていてこちらに背中とお尻を向けている姿のことばかりでした。数回の授業を経たある日、「連休に何をしたか」という話で子どもたちと盛り上がっているときに、Aくんの並外れた才能に気づきました。
「はじめに○○線に乗ってね! △△駅で乗り換えたら、今度は□□線で……」
急に饒舌になったAくんはその日の課題はさておき、プリントの裏に右上から左下にかけて飛び出してくるかのように遠近法を用いた電車の絵を描いていました。細かな部分まで丁寧に描かれたその電車の仕上がりも素晴らしいのですが、電車を立体的に見せる空間認識力には目を見張るものがありました。好きが高じてこんなにも立体をとらえる力が自然と伸びるものかと驚きました。
その後はAくんが授業に興味をもてるようにと、問題を電車に置き換えたこともありました。授業に集中できるよう、電車の見えない席に移動させたこともありました。すると、目を瞑りながら通過する電車の音で上り線か下り線かを当てたり、何両編成か予想したり……。あぁ、きっとこの子は一生好きなものと生きていける幸せな子だ、と感じたことを覚えています。
時が経ち、高学年を迎えようとする時期にAくんから「中学受験をしたい」と相談されました。理由は明白です。「毎日、電車に乗って通学できるなんて夢のような生活を送ってみたい」一点の曇りもない真っ直ぐな目をして、声高らかに宣言しました。その後、スクールFCで楽しくも頑張っていることや、中学受験に合格して私立の中学校に進学したことは聞いていましたが、その後はぱったり連絡が途絶えていました。
それから約10年が経ち、目の前には私と変わらないくらいに身長が伸びた青年が立っていました。マスクを外し、昔と変わらない笑顔を見て、彼がAくんだと気づきました。懐かしさと嬉しさで、授業後の片づけをしつつもついつい話が盛り上がり、何度も手が止まってしまいます。ひと通り過去の話を楽しみ、ようやく現在まで時間が追いつきました。就職活動中だというAくんに希望の職種を聞いてみると、
「あ、もちろん鉄道関係です!」
と爽やかな返事が食い気味に返ってきました。
「いまも鉄道は好きだけど、大学生からモータースポーツにのめり込んで、自動車メーカーも候補ですけどね」
好きなことを語るときのAくんの目が、小学1年生のときと変わっていないことが嬉しく、その後も長時間に渡って話に花が咲きました。
自分の好きなことを大切にし、そんな自分を好きでい続けることは簡単なようで難しい。現代社会において、自分は何が好きか、自分は何に幸せを感じるか、自分はどうしたいか。それをわかって仕事をしている大人はそれほど多くないように思います。だからこそ、いまを生きる子どもたちにはさまざまな経験をし、そのなかから興味の種をたくさん見つけてほしい。いまはまだ好きなことが見つかっていない子も、ゆっくり時間をかけて好きなことを醸成して自分の軸を見つけてほしいと願っています。
花まる学習会 中山翔太