高濱コラム 『根っこ』

『根っこ』2025年4月

 この花まるだよりの冊子には、ページ下のところに「タカタコ」というものがあります。これは、普段教室長をしている社員たちの人柄や魅力が伝わるように、私自身がインタビュアーになって聴き取り書いている「高濱による他己(社員)紹介」の欄です。私自身が大勢いる社員やなかなか接することのない社員とコミュニケーションを取ることができるという意味もあります。これまで「お母さん」についてとか「自分の失敗」についてなどテーマを決めておこなってきたのですが、今年は「人生で打ち込んだこと」にしました。そこで最初の4人にインタビューしたときに深く感じ入ったことがあるのでご報告します。

 一人目は荒井大詞。救命救急の看護師という、世の中に必要とされる仕事をしていたのだが、思うところあって辞職し、車で日本一周の自分探しの旅に出ました。孤独を感じそうなものですが、「出会った人には自分から話しかける」をルールにして、銭湯やお食事処で隣り合った方々とたくさんお話しし、各地の方言も満喫したそうです。途中北海道で車が故障したときには、近くのフードコートで話しかけた女性が「うちでバイトしな」と言ってくれ、住み込みで牛の乳しぼりの仕事を一か月したこともあります。また、九州の野外体験を重視する幼稚園を訪ねたときも、園長先生が「うちに泊まりなさい」と言ってくれ、人間的にも素敵な方で惹かれたそうです。ただそのついでに行った鹿児島の無人島からSNSで発信したら、それを見た北海道の知人が広島の無人島教育を教えてくれてカトパン(加藤崇彰)と出会い、花まる学習会でやっていこうと決めたのでした。
 二人目は筒井佳菜。大学4年間、地域の子どもたちに理科実験や体験を提供するボランティアサークルに所属して、イベント運営に邁進しました。山形市教育委員会のあと押しもあり、県内各地に遠征してまでやるようになりました。山形名物のクラゲを水族館から借りてきて子どもたちに触らせたり、一日で300個以上のスライムを作ったりしました。ショッピングモールのイオンと組んで大きなイベントをやろうと企画した矢先に、コロナ禍に突入。それでもあきらめず、県・大学・イオン各所のガイドラインを手に入れて熟読・研究し、秋にはやり遂げました。
 三人目は臼杵遥志。久留米大学附設の高校時代に演劇部に所属したのですが、まるで熱病にかかったように演劇に夢中になったのでした。高校3年間を「演出」一筋で過ごし、福岡県で優勝して九州大会に出場。空いている時間も芝居を観に行ったりシンポジウムがあると聞くと聴講に出かけたりしていました。東京から来たある劇団には、ただ観るだけではなく話を聴きたくて「地元の高校生です」と打ち上げにも上がりこみました。大学進学で上京してからその劇団を訪ねると「ああ、あのときの高校生か!」と大歓迎してくれ、それがご縁で演出助手を任されました。ちなみに一緒に演出助手をしていた先輩がいまの妻です。
 四人目は前原匡樹。彼が東大で4年間バレーボールをやっていたことは知っていたのですが、今回打ち明けてくれたのは、何か自分を鍛える経験をしたいと、「ぼらんたす」という別のサークルで重度肢体不自由者の介護を4年間やっていたこと。担当していたのは先天性疾患で基本寝たきりで話も聞き取りづらい大人の男性だったのですが、ご自宅での泊まり込みで着替えや食事・風呂・下の世話などすべてやっていました。頭はしっかりした方で、だんだんわかってきて先回りして何かやると違うと言われたりして、ただの「段取り」ではなくその日の相手の心・興味関心にアンテナを張って質問や提案をすることが大事だと学びました。私(高濱)が驚いたのは、10年以上も付き合ってようやくそんな素敵な経験を打ち明けてくれた奥ゆかしさです。いつも不平不満ではなく「こうしたらどうか」という提案しかしないし、教室長としても大人気である彼の、氷山の下の部分を見た気がしました。

 4人に共通するのは、己の生き方や哲学を深めなければならない青年期に、コスパみたいなケチ臭いことを言っていないで、人間の根っこを深め、人としての心を強くたくましくするユニークな活動に、自らの決断と意思で踏み出してやり遂げていることです。こういう悔いのない若い行動と思考の時期があればこそ、社会人として迷いない生き方もできるでしょう。本当に素敵な仲間と集えていることにしみじみと感謝の念が湧きました。

 ところで、つい先日、信頼する超大企業の役員の方とこんな話をしました。現在の大国リーダーの行動などを見ていると、我々が戦後習ってきて良しとする価値観が吹き飛ばされるような現実が提示されている。また一方で技術革命が起こり、記憶して早く正しく答えるとか論理的に間違いがないというような、旧来のテスト優等生が褒められる価値基準では、すでに世界は動いていない。「合理性・正しさ」においては今後AIがすべて人間を上回る。もうすでに「ストリートファイトの強さ」のような論理的には曖昧や矛盾に満ちた、ある意味人間味あふれる押しの強さや決断力のあるリーダーのいる組織が生き残れるような時代である。彼が思うにそういうなかで唯一新時代の教育をすでにやれているのが花まるで、良い例が「野外体験・無人島教育」や「花まるエレメンタリースクール」ではないか、と言ってくれました。

 どんな時代にも生き残り、まわりを幸せにして人生を満喫できる大人になれるよう、根っこの確かな素敵な仲間たちと「新しい教育」を考え抜き、構築していきたいと思います。今年度もよろしくお願いいたします。  

花まる学習会代表 高濱正伸