高濱コラム 『放浪~山村留学』

『放浪~山村留学』2011年11月

 ユダヤ人の教育については、繰り返し注目されます。全人口の0.25パーセントしかいないのに、ノーベル賞の20パーセントがユダヤ人なのですから、それだけでも当然。さらに、医学・経済・法律などあらゆる知的職業に人材をこれでもかと輩出しているのですから、注目されないほうがおかしいでしょう。「メシが食える大人」を育てたい花まる学習会にとっても、一つの教科書と言えます。

 そのユダヤの教育と言えば、ゲームやテレビの一定の制限、相当量の素読、学校で習ったことを家で親に授業(説明)させる、など知る限りでもいくつもあげられますが、先日、イスラエルにも何度も行っているある牧師さんから、面白いことを聞きました。それは、思春期以降の教育システムです。12歳までは基本お母さんが中心で、お父さんの役割は遊んであげること。しかし13歳の成人式にあたる儀式以降は、父の分担。第一に仕事を見せ仕事の手伝いをさせ、野外などにどんどん連れて行く。18歳になったら徴兵が待っていて、厳しく鍛えられる。除隊後は、たいてい1・2年放浪する。路上でモノを売ったりして食いつなぎながら旅をして、戻ってからようやく大学に行き始めるということです。

 野外体験や親の仕事というキーワードは、まさに花まるでも大切にしていますが、「放浪」には膝を打ちました。私自身も20代前半の頃バックパックをかついで貧乏旅行に出かけ、ドミトリーに同宿している5人が全員違う大陸から来ているという経験などをして、旅って青年期に重要だよなあと常々思っていたからです。
今お付き合いのある、50歳前後の活躍している面白い人たちには、似たような放浪の旅の経験がある人が多くいます。あてのない異空間で緊張や不安を乗り越え、逆に楽しみきることは、人を鍛えるのでしょう。今の日本に、こじんまりした若者が増えた理由の一つに、一人旅に出る青年が減ってしまったこともあるかもしれません。

 さて、話は山村留学です。長野県の北相木村は山村留学を受け入れていて、花まる学習会からも数名の子が留学しています。一学年の人数が10人にも満たない小さな学校ですが、子どもたちは元気です。2月に初めて訪れたときは、滝がそのまま凍るマイナス19度という寒さに驚きました。村も学校も非常に協力的で、「イエイ!」をここまで元気に授業に取り入れてくれている学校は、他にまだありません。サマースクールで入った川で実に多くの種類の魚が捕れたこと、帰る日に地元の子が宿まで見送りに来てくれ、花まるの子たちが感激したことなど、良い思い出があふれています。

 春よりも確実にたくましい姿を見せている彼らにインタビューすると、「4月になってもずっとこの村にいたい」ということでした。高学年になる前の山村留学の是非については自信を持ち切れなかったのですが、見る限り良いことしか起こっていません。彼ら以外の山村留学経験者というと、直接知っている範囲では10名にも満たないので、言い切るのは尚早ですが、親元を敢えて離れることが、今の時代に足りない貴重な経験になっているのは間違いありません。

 久々にやった授業も楽しかったですが、川を見に行ったときのことが忘れられません。これ以上ないくらい清く澄んだ川なのですが、上流から白いものが流れてきました。それは産卵を終えたヤマメの腹の白でした。数匹、ゆっくりと。次代の子たちを産み付けるために全ての力を出しつくし死んでいった魚たちの、生としての無駄の無さ、大自然の凛たる厳しさに、こみあげるものがありました。ここで育つ子どもは、幸せです。

花まる学習会代表 高濱正伸