『受験生の教え』 2022年5月
子どもの得意・不得意というのは、興味・関心の度合いが影響していると感じることが少なくありません。おもしろいことには集中して取り組めますが、つまらないことはできるだけ後回しにしたくなります。後回しにするとやっつけの勉強になりますから結果も出ませんし、それが苦手意識につながることもあります。大人でも同じことが言えるかもしれません。
「算数大好き!」という子は、面倒くさそうにみえる問題にも躊躇なく手を動かし始めます。ひたすら書き出したり、数え上げたりする様子を、私は最後までだまって見守ります。ここで何かヒントでもあげようものなら、その子の努力を台無しにしかねないからです。正解を出して先生に褒められたいという気持ちもあるでしょうが、それ以上に自分の力で答えを出せたときの達成感や喜びこそが、彼らの原動力なのです。だから不正解でも落ち込みません。考える過程そのものを楽しんでいます。こういう子どもたちの中には、簡単な問題ほどミスをおかす子がいます。
S君はちょっと大人びた人懐っこい子でした。6年生の最初の授業の確認テストで、10問中半分くらいしか正解できませんでした。当分の間、基本のやり直しが優先課題だなと感じましたが、時間があったので応用問題を1題解いてもらいました。ノートを見ただけでは走り書きがあるだけでどのように解いたのかわかりませんでしたが、答えは合っていました。本人に聞くと頭の中でほとんど解いたというのです。私でも初見だったら頭の中だけでは解けないレベルの問題でしたので、半信半疑でした。そこでどうしてこの答えが出たのか説明してもらうことにしました。すると何か所か論理的に怪しいところはありましたが、大方言っていることは正しいのです。それも模範解答とは違うやり方で正解にたどり着いていました。しばらくしてこの子の特性が見えてきました。一行問題のような解き方が一つしかない問題よりも、試行錯誤を必要とする思考力系の問題のほうがやる気になるタイプなのです。解き方が決まっているような問題はうろ覚えの知識で適当にやるしかない。だから簡単な問題でもミスをしてしまう。逆に知識やテクニックを必要としない思考系問題は彼の専売特許です。受験校としては、思考力系の応用問題しか出ない学校のほうが、S君の強みを生かせるわけです。しかしそういう学校は限られていますし、模試で出題される思考系の大問は1題か2題です。それが取れてもほかの問題で点数を落としてしまうと成績は上がりません。彼にはそのことも伝えて、夏休みまでは基本事項の復習をするように指示しました。
しかし夏休み以降も算数の偏差値は50を行ったり来たり、算数以外の教科も不安定で、満足のいく結果が出ないまま受験校を決める時期になってしまいました。模試はあくまでも模試です。しかしそれを完全に無視してあまりにかけ離れた学校ばかりを受けるわけにいきません。最終的には、本人が前々からあこがれていたチャレンジ校と、そのほかも多少強気ではあるものの実力に見合った受験校に落ち着きました。入試直前期には基本問題が出る学校の対策を入念に行いました。合否を分けるような問題よりも、みんなが取れる問題こそ危ないS君です。そのころになると、本人もそれを自覚して、基本問題も丁寧に取り組むようになっていました。そうしたこともあってか、これまでの模試の結果を上回る学校に見事合格。この段階で私は「よくがんばった」と電話口で労いました。ところがその翌日にはチャレンジ校も合格したというのです。確かにその学校は思考力系の問題しか出しません。しかし塾講師でも手こずるような問題を出すため、力のある受験生でも制限時間内で解き切ることは難しい学校でした。
ふり返れば思い当たることはあるものの、過去にも数えるほどしかない大逆転劇でした。あこがれの学校と大好きな思考力問題を前にして、これまでにない集中力をもって頭をフル回転させ、S君の真の力が発揮されたのだと思います。入試が終わったあとに彼は「おもしろかった」と言っていたそうです。大人の経験則だけで子どもの可能性を決めつけてはいけないことを、改めて教えてくれた受験生でした。
スクールFC代表 松島伸浩