松島コラム 『Aくんのその後』

『Aくんのその後』 2022年7月

 昔、担当していたクラスに開成中志望者のAくんとBくんがいました。
 Aくんは一を聞いて十を知るような天才型の子どもで、ちょっと教えれば一瞬で理解できてしまうタイプでした。だれも解けない難問をあっさり解いてしまうこともあるのですが、一方では基本問題を間違えることも多く、社会や理科の基礎知識にも穴がありました。国語の読解問題では自己中心的な答えを書いてしまうのです。学校では、先生のあげ足をとったり、勉強ができない友達をバカにしたり、先生泣かせの子どもでした。
 Bくんは、言われたことは最後まできちんとやってくるタイプで、授業中も先生の話をしっかり聞くことができます。学校の授業や行事も一生懸命に取り組み、受験勉強で忙しいなか、夏休みの読書感想文では全国コンクールまで進みました。Bくんの悩みは算数が苦手なことでした。模試では応用問題にほとんど手がつかないまま時間切れになってしまうことも多く、偏差値50台後半までが精一杯。夏休み明けの最初の模試でも結果はよくありませんでした。そこで私は、すでに何度も復習をしている問題集を二週間で全部解き直すように指示をしました。同じ時期にAくんにも同じ問題集を復習する宿題を出しました。しかし、Aくんは「先生、いまからこんな簡単な問題、やる意味あるんですか。一度やったから全部わかるんですけど」とやることを渋ったのです。私はこれまでの模試でのミスの原因を伝え、反復の必要性を丁寧に説明しました。Bくんは約束の二週間で仕上げてきましたが、Aくんは上手に言い訳をしながら、三分の一もまともにやってきませんでした。Aくんはほかの問題集を家でやっていたのです。
 12月の最後の模試のとき、開成中学の判定は二人とも五分五分でした。もちろんどちらも合格してほしかったのですが、残念ながらAくんは涙を飲む形になりました。開成中学の問題は、年によって傾向が変わり、難易度が大きく動くことがあります。この年の算数はかなり易しく、全体としても平均点が高く、難問が解けなくてもミスをしない受験生が有利になる入試だったのです。そのことが二人の明暗を分けたのかもしれません。
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拙著『親のかかわり方大全』でもご紹介した、私が以前勤めていた塾での事例なのですが、実はこの話には後日談があります。その後Aくんは進学した学校で高校からラクビー部に入り、全国大会出場一歩手前まで進むほど、熱心に部活に打ち込んでいました。久しぶりに塾に顔を出してくれたときには、見違えるほどの精悍な顔つきと、がっしりとした体の礼儀正しい好青年になっていました。毎日の走り込みや基礎練習が本当に大変で、さぼりたいと思うこともあるけど、一日も休んだことはないというのです。まさにひたむきで誠実な人間に成長していました。
Aくん「ぼく、小学生の頃、受験をなめていたんですよね。合格できると勝手に思っていました」
私「Bくんはいいライバルだったよね」
Aくん「ぼくのほうが算数はできたのに、なんであいつが受かってぼくは落ちたんだろうと、本当に悔しくて泣きました。でもしばらくしてから、Bはちゃんとやるべきことをやっていたから合格できたんだ、と気がついんたんです」
私「そう思うきっかけがあったの?」
Aくん「そりゃあ、ぼくもいろいろ経験してきましたから…」
 受験での苦い経験を引きずらず、進学先で充実した学校生活を送れた理由の一つには、Aくんのお母さまの存在が大きかったと思います。やんちゃ坊主だった小学生時代、いたずらやけんかで人に迷惑をかけたときも、「わが子が起こしたことはすべて私が受け止めます」という姿勢を貫いていたお母さま。受験の結果についても「いまの彼にとっては最善の結果だと思います。また新しい生活が始まるのでこれからが楽しみです」と、どんなときでも彼の成長を信じてやまない姿勢には頭が下がる思いでした。
 親としては、子どもに悲しい思いはさせたくない。失敗はさせたくない。そのためにはできる限りのことはしてあげたいと思うのが普通だと思います。しかし小学校高学年以降になると、急に口や態度が悪くなり、親の思うようにはならない場面も増えてきます。子どものほうは、親に頼りたいと思う反面、口を出さずに見守ってほしいというジレンマを抱える時期です。成績のことで一人で悩んでいるケースもあります。子どもの様子で心配なことがありましたら、お気兼ねなく所属の校舎までご相談ください。

スクールFC代表 松島伸浩