『最後まで』 2024年12月
12月を過ぎると少しずつ入試に向けた緊張感のようなものが教室でも感じられるようになります。
これまで多くの受験生やそのご家庭を見てきて、この時期にお伝えしたいことは一つです。
それは「最後まであきらめない」という気持ちをもつことです。受験生本人よりも、親御さんのほうが先にまいってしまうこともありますが、子どもは想像以上に受験を通してたくましく成長していきます。大切なのは、わが子の可能性を最後まで信じることです。
今回は改めて拙著『中学受験 親のかかわり方大全』(実務教育出版)に載せたコラムを抜粋してお届けいたします。私が新米教室長だったころの話ですが、このような事例は決して少なくありません。
私がまだ駆け出しの教室長だったころ、小4のときに入塾してきたK君は、マルコメみそのコマーシャルに出てくるような、いが栗頭の笑顔のかわいい少年だった。彼は小さいころから剣道をやっていて塾のない日は近くの道場で稽古に励んでいた。3歳年上の兄は、他塾で中学受験をしたが、強気の志望校で失敗し、公立の中学へ進んでいた。
K君の受験も前途多難だった。最初の押さえ校で不合格。出鼻をくじかれ自信を失い、次の入試でも実力を出し切れずに終わった。意気消沈して塾にやってきたK君と二人っきりで話をした。
K:「もう受かる自信がない。本当は今日も塾には来たくなかった」
私:「先生だってこんな状況なら来たくないよ。でもKは来てくれた。それはKがとても勇気がある人間だという証拠だよ。三年間がんばってきたことに自信をもってほしいんだ」
K:「でもすべり止めが落ちちゃったし」
私:「剣道でも自分よりも弱い相手に不意をつかれて一本とられることがあるじゃないか。逆に強い相手に勝つことだってあるだろう。でも最初から気持ちで負けていたら、勝てるはずがないよね」こんな会話だったと思う。
2月1日の朝、試験会場に彼はいつも通りの笑顔でやってきた。「普段どおりやれば大丈夫。自信をもってやってこい」と力強く握手をした。しかしその日の合格発表の帰り、彼の手に封筒はなかった。「ダメでした」とお母さんが代わりに切り出した。「今までで一番よくできた。手ごたえはあった」というのだ。彼は一瞬悲しい表情を見せたが「先生、明日もあるので、ここで勉強していってもいいですか。今日できなかった問題を教えてほしいんです」。彼はこの二週間でたくましくなっていた。そう、明日も同じ学校の2回目の入試があるのだ。「よーし、やろう」。お母さんに近くのコンビニで夕食を買ってきてもらい、そのまま教室で勉強を始めた。目標に向かってひたむきに取り組んでいるK君の姿は感動的だった。「がんばれよ、K!」
2回目の入試も当日発表だった。しかし彼は塾に姿を見せなかった。電話に出たお母さんの話では、「問題は難しかったが最後までできた。今日は疲れてしまったので塾には寄らずに帰った」という。
「明日まで受けて終わりにしよう」と家族で話をしているらしい。予定では万が一のためにと、明後日以降の併願校も決まっていた。しかしもうお母さんが心身ともに疲れきっていた。「兄と同じ思いはさせたくなかったのですが・・・」と弱気になっていた。最初の入試から二週間、まだ一つも合格をもらっていない。家にいてもなんと声をかけていいのかわからない。そんな雰囲気だろう。しかし、ここで大切なことは切り替えることなのだ。つらい状況だからこそ、それを乗り越えて前に進もうとする勇気とあきらめない気持ちが活路を開く。そう信じること。
「お母さん、入試は明日もあります。まだ終わってはいませんよ。最後までがんばらせましょう」、ただ思いだけを伝えた。そのあとのことはまた明日考えればいい。今は明日の入試に前向きに臨めるか、それだけだ。「すみません。こういうときに親がしっかりしないといけないんですよね。私が弱音なんか吐いてちゃダメですよね」「そうですよ」
翌朝、集合時間の2時間前から校門で待っていた。続々と会場に入っていく受験生。きっといろいろな思いでこの日を迎えているのだろう。すると背後から、「松島先生!」という声が聞こえた。振り返るとそこにK君の笑顔があった。「最後だから思いっきりやってきます」。その言葉に涙が出そうになった。
次の日、塾の電話が鳴った。「Kか。どうだった?」「合格しました!」「やったなあ。おめでとう。よくやった」。同じ日の夕方、K君からもう一本の電話があった。第一志望校から繰り上げ合格が来たのだ。最悪の日から一日で最高の日に変わった。みんなが最後まであきらめなかった。その思いが通じたのだ。それ以降も何度も同じような瞬間に立ち会ってきた。だからそう断言できる。
私にとって「あきらめなければ負けない!」が受験生に贈る言葉の一つとなった。
入試期間中、思いもよらぬ結果、想定外のことがあっても、チャンスがある限り挑戦してほしいと願っています。私たちも最後まで子どもたちを信じて支えてまいります。
2025年がみなさまにとってよい年になりますように!
スクールFC代表 松島伸浩