西郡コラム 『「はい」の声で面接は決まる』

『「はい」の声で面接は決まる』 2023年2月

 小学6年生女児に面接試験の練習をした。
受験番号と名前をお願いします、という私の声に、授業では見せたことのない、緊張した面持ちで受験番号と名前を彼女は告げる。自分のことを表に出さない、何事にも消極的な生徒だが、面接の意味はわかっているようで、上ずりながらも精いっぱい声を張ろうとする彼女の姿からは意気込みが感じられる。志望理由を聞いた。文化祭に参加してとてもいい印象を持った。生徒さんが笑顔で学校生活が楽しそうだった。この学校で学びたいと思った。といった内容のことを何度も練習したようで、口数の少ない彼女にしては、淀みなく一気に言い切った。小学校の生活で最も印象に残ることを聞くと、修学旅行のことを話してくれた。親と相談してまとめたらしく、修学旅行のワンエピソードに絞って話してくれた。面接では簡潔に話すことが大切だということも理解している。将来の夢、やりたいことがあるかという問いに対して、まだ決めていない、これから探し、そのためにこの学校で頑張るといった前向きな返答を用意していた。親と相談して練ったセリフを練習通りに間違えなく言えたようで、ほっとしていた。
 どう答えるか、何を話すかといったことをよく考えて、会話の流れのなかで話せるように何度も練習していることが見て取れた。この点を褒め、言葉の使い方で気になった数点をアドバイした。真剣に、いつになく謙虚に頷いて聞いていた。ほかに準備しておく質問、趣味・特技、筆記試験の感想、得意科目、不得意科目、長所・短所、愛読書、校長名、担任名、通学経路・時間、家庭の教育方針、家庭構成にも対応を考えていた。予想される質問に答えられるように、しっかり練習しておくことは大事なことで、内容より誠実に練習してきた真面目さを試験官は評価する。
 予期しない質問をして、受験生の素の状態を試験官は見たいもの。人生初めの入試、面接試験に小学生なら緊張して、戸惑うのは当たり前で、小学生が面接に慣れ切っていることの方がおかしい。慌てて戸惑うなかにも相手に誠実に答えようとするその姿、受験生の内面を試験官は見抜いてくれるはず。そこを見ないような学校なら行かなくてもいい、というぐらいの気持ちを持って試験に臨んでほしい。オンラインでのやり取りなので、親も横にいる。親向けの話でもある。
 面接試験では、この学校に入りたい、この学校で学びたいという強い気持ちを持って臨むこと。この強い気持ちが、試験場で発する、あなたの言葉を力強くする。不安や迷いを和らげる。試験官は受験生の人柄を見たいもの。試験勉強ばかりして、人と会話のできない、常識のない小学生では困る。この学校にふさわしい生徒かどうかを見たい。日頃、接している人ならその人のことはわかるが、初対面の試験官は、試験場での振る舞い、所作、言葉遣いでその人の人柄を判断する。
 こんなアドバイスをして、最後に、入室から着席して、名前と受験番号を言うところまでを練習した。まず、立ち姿、座った姿、これが第一印象になる。頭のてっぺんに糸がついて、その糸が引かれ、スーッと伸び、一本の糸はピンと張っているがほかはリラックスしている。顎は引き、おでこには光が当たっている。恥ずかしがり屋の人はメガネの縁で視線を隠す傾向がある。メガネをしっかりかけて、目玉をしっかり見せる。でも、睨まない。何度も練習して、毅然とした緊張感のなかにもリラックスした、いい姿勢を彼女と作った。この姿勢の感覚を忘れないで臨む。名前と受験番号を言ってください、と言われたら、「はい」から始める。どの質問にも最初は「はい」から入ること。緊張して硬くなった「はい」はトーンが低い。第一声の「はい」が低い声から始まると話全体が暗い印象になる。キーを上げて、声量はあるが、まろやかに、澄み切って、焦点を試験官に絞って「はい」という言葉を届ける。「はい」、違う、もう一度、「はい」違う…何度か「はい」だけを繰り返していたら、彼女も私もばかばかしくなってきて笑い出したところで、当たりの「はい」が出た。それです。画面には映らない母親の笑い声も聞こえてきた。
 試験当日、試験会場門前からオンラインでつなげてもらい、入試応援をする。応援の言葉を送る代わりに、「では、お名前と受験番号を教えてください」と私が切り出した。一瞬、戸惑う間の後、彼女は笑いながら「はい」と答えてくれた。横にいる母親も笑っていた。  
 彼女は合格した。

西郡学習道場代表 西郡文啓