西郡コラム 『2023年度の中学受験 その2』

『2023年度の中学受験 その2』 2024年4月

 合格発表をタブレットで見る子どもの動画を保護者が送ってくれた。2月1日、第一志望校の午前、午後の試験が不合格になり、落ち込むなか、3回目、4回目と受け続けた。3度目の発表を午後受験の移動途中の場所で見ている。不合格のショックを引きずり、まただめかもしれないと悲観する表情と今度こそ受かってほしいと祈る気持ちで、恐る恐るタブレットをのぞき込む。合格者の受験番号が並ぶ中から自分の番号を探している。一瞬、動きが止まり、前のめりになって睨みつける。え、ほんとか、と驚いた表情になり、動画を撮っている母親に自分の番号が載るタブレットの画面を見せ、その場で飛び上がり、いきなり全力で突っ走り、20メートル先の角でUターンして戻ってきて、顔をくしゃくしゃにしてむせび泣きじゃくる。喜びを爆発させ、泣き崩れる彼の素直で無邪気な表情に私たちスタッフも泣き笑い、そして、よく合格してくれたと安堵する。
 過去問をやってもまずまずの結果を出し、行きたい中学の合格は取れるだろうと期待していた生徒がいる。彼はオンラインの画面に顔を映さない。注意すると「わかりました」と素直な返事で顔を見せるが、しばらくするとまた映らなくなる。その場を上手くかわし、こなす調子のよさが気になっていた。2月1日に第一志望校を受験したが不合格だった。うわべの調子のよさが現実となった。どこか真摯に対峙せず、かわす要領のよさでは受験は通じない。そこを指導できなかったのは私たちの責任。大人に対してうまく対応する術を知る、“よくわかっている”子でも、まだ小学生。一度、不合格をくらった落胆は大きかった。2日以降も挑み続けが、ことごとく失敗していった。
 この間、受験担当スタッフは連日、受験した試験問題の解答を作り、分析して、彼を自学室に呼んで、彼の実力なら冷静に対応すれば確実に取れる問題がある、合格できると励まし続け、気持ちを奮い立たせる。毎朝、試験場に入る前、オンラインで繋いでもらい、激励して試験場に送り出す。
 2月1日に受けた第一志望校の3回目が、彼の中学受験の最後だった。これまで、さまざまな学校を受け7回の失敗、1校の成功(公立中への進学を避するため)で、投げだすことなく最後まで受け続けた。追い詰められていく彼にうわべで取り繕う表情はなく、彼の中に潜む、真摯な態度が前面に出てきた。どん底を見て、変わってきた。合格させられなかった責任を痛感する。せめてもの救いは、彼が物事に真剣に対峙することをこの受験で学んでくれたことだ。
 4日23時、最後の最後、彼は3度受験した、第一志望校に合格したと道場のスタッフから連絡が入った。申し訳ない。私はあきらめていた。
 1月から平日は13時、土曜、日曜日も午前中から自学室の利用時間を拡大して、受験生の追い込みをサポートしてきた。2月の受験の開始からも、生徒は自学室に集まり、受験担当スタッフと対策を練る。オンラインの画面に映し出される受験生は、だれ一人、浮ついた、見せかけの学習はしていない。課題に対峙する、緊張感が学びの場としての自学室をつくり出す。
 いくら教えたとしても、学習は子どもたち自身が自分でどうにかするしかない。学習を自分事として、初めて身につく。この思いで学習道場を始めた。中学入試に挑む生徒は、自分で何とかするしかないと追い詰められ、学習を自分事として引き受けた。この経験が生涯、学び続ける基本になる。中学受験はスタートライン、当事者意識をもって取り組むことが、これから続く学習の、そして仕事の自分軸になる。 
 第一志望校に合格する生徒ばかりではない。数校を受験して、合格した学校に不本意ながらも通う子もいる。第一志望校に合格させられなかった責任は負う。行くところがいいところ、これがベストの選択と前抜きになって合格校へ通ってほしい、と願う。

 「第一志望の合格をいただけなかったことが本当に残念ですが、A中学にご縁をいただくことができ、進学させていただこうと思っております。この2ヶ月、毎日のように過去問の解き直しや質問にお付き合いいただき、また試験当日は朝早くからZoomで応援していただき、心より感謝申し上げます。たくさん叱咤激励いただいたにも関わらず、サボってばかりでお手数をおかけしましたが、手が届かないと思っていたB中学の合格最低点を超えられるようになったのも、先生方の寄り添ったご指導のおかげだと思います。入試は通過点にすぎないので、この悔しさを忘れずこれからも励んでもらえればと願っております。」
 保護者からいただいたメールが救いになる。

西郡学習道場代表 西郡文啓