『チャームを磨け ~卒業するキミへ~』2019年4月
卒業おめでとうございます。
ここまであなたを無償の愛で包み、懸命に育ててくれたご両親や、お世話になったたくさんの方々のおかげで今があります。その人たちに感謝は伝えられたかな。いつもはお母さんお父さん向けに書いているのだけれど、今回は卒業する皆さんへの送辞として書きます。
2月、日本版ダボス会議と呼ばれるある会合のナイトセッションでのこと。いくつもの分科会に分かれ、私のテーブルには教育関係者と教育に興味ある学生が十数名集まりました。日本の教育の何が問題かをフランクに話し合う時間だったのだけれど、一人の高校生の主張に引きつけられました。内容としては、「学生が人生を選択するうえで仕事の様々な姿を伝えてくれる大人があまりに少ないので、学生が尊敬できる社会人の方々にカメラの前で語ってもらって、その動画を学生が見るような仕組みを作っては」ということでした。私が内容以上に心を奪われたのは、彼女の魅力です。キラキラと輝く瞳でハキハキと語り、言葉に力がある。加えて素直さと感性と人柄の良さを感じました。
そこにいた大人がみんな「あの子いいね」と評価し、隣にいた大企業の社長さんと一致したのは「高2だけれど、今すぐに採用したいね」ということでした。
その子のお父さんも参加されていて、複数の人から娘を褒められて嬉しそうでした。そして「どうすればあんなに素晴らしい子が育つんですか」と聞かれたときに、彼はこう答えました。「頭はまあ、どうあがいてもそれぞれ差があるじゃないですか。だから『チャームを磨け』って育てたんですよ。社会はかわいがられてなんぼですからね」と。実は、彼は日本の宝のような頭脳の持ち主で、私の見解としても知性トップ5に入るのではないかというくらい頭が良い方なのだけれど、だからこそ、彼は知力を見せつけたりするのではなく、「生き抜くコツはチャームを磨くことだ」という方針を見つけて、わが子にも伝えたんだね。
同様のことで、こういう話もあります。花まるに新人が入社してみんなで唱和する「21か条」というものがあるのだけれど、その中に、「優秀で嫌われる」という言葉があります。その意味は、何らかの力があるからといって、少しでも「私はできる」という意識を見せようものなら、たちまち嫌われるということ。〇〇大を出た、数学でこんな問題が解けるみたいなのも同じ。なぜか。会社って、優秀さを競い合うのではなく、みんなで大きな力を生み出して目的を達成する組織だから。そこでは人間関係が極めて重要で、その核心は、心が響き合うかどうか。優秀なのを認めてほしいのは、素直な承認欲求でもあるけれども、周りの人はそこにはあまり「心が動かされない」んだな。逆に、失敗談や苦労話は、聞き手の心を溶かす面がある。つまり失敗や挫折の経験はつらいけれど、だからこそ人の世では財産になりもする。
私が今日言いたいことは、これからの人生、大人の世界を生き抜いていくとき、チャーム(魅力)を磨くということに焦点を当てていくといいよ、ということです。学ぶとか仕事をするというと、何らかの「力」をつけることを考えてしまうし、それは間違いではない。けれども、力をつけることで評価されて給与が上がるという面と同じかそれ以上に、「チャームを磨く」ことが大事。それは「心の関わりを意識し焦点を当てること」と、ほとんど同じ意味だということを伝えたいんだ。
自分はこんなに正しいことを言っているではないかと強弁しながら、引き潮のように妻の心が離れていく夫。「なんでこんなこともわからないんだ」と叱責しながら、部下たちからの信頼を失っていく上司。整然たる糾弾の理屈を構築して、会社や学校にねじこんで成敗したつもりなのに、気づくと周りのみんなの気持ちが離れているのを感じるクレーマー…。これらの共通項は、「理」が優先で心が置き去りにされていること。人間世界は、正しいことを言えばいいというものではまったくなく、感情や好き嫌いや魅力など、心でこそ動いていくものだという認識が弱いことだね。そこに焦点が当たらない人は、結果的に生きにくくなるだろうし、幸せになれないよね。
心の実力を磨くために、大事なことはなんだろう。一歩目は、他人のどういう行為に感動したり信頼するかを、書き出してみること。人によって様々だろうけれど、たとえば、部活にせよお稽古事にせよ、一生懸命目標に向かって頑張っている人って、なぜか応援したくならない?この「なぜか応援したくなる感じ」こそが、心が動いているってことだよね。この調子で、いいなあと感じた人のありようを、書き出してみるといいよ。陰で掃除を頑張っていた。二つ荷物があるといつも重い方を自然に持っている。約束を必ず守る。筋を通す。ユーモアセンスが素晴らしい…。いくらでもあるでしょう。そういう人を目指せばいいよね。
逆もそう。「あー魅力ないな」と感じるのはどんなときだろう。たとえば損得第一で生きている人は、あまり尊敬されない。すぐ「コスパ」とか言う人って、ケチ臭い感じで愛せないでしょう。「間違ったことを言ってないのに、魅力がないのはどういう人か」というように、より高度なお題で書き出しをするのもおもしろいよ。試してみてください。
もう一つ、心と言えば絶対に伝えたいことがあります。それは、自分が何をしているときに一番ワクワクするか、充実しているかを見つけることです。これは、人生の方向性を決める第一歩なんだ。ランキングや偏差値表やブランドという「外の誰かが決めた評価軸」を基準に世界を見ていると、必ず壁に当たる。「親も喜んでくれたし良い就職先だと思ったけれど、実は本当にやりたい仕事ではなかったかも」と、人生の大半を過ごした中年のど真ん中で迷ってほしくはない。世間や他人が「すごい」とか「いいでしょう」と迫ってくる価値ではなく、自分が何に惹かれるか、没頭して取り組めるかを見つめよう。個性という言い方があるけれど、「関心」だけは絶対にその人だけのもので、ごまかせないんだ。
言いたいのは、「本当の自分の関心」をまず見定めて、それを土台に人生設計をすると、幸せに生きていける確率が上がるよ、ということ。例えば、私は、20代すべてを費やして、あがくように映画・落語の鑑賞、読書、囲碁、バンド、放浪、哲学など様々なことに傾倒したけれど、振り返ると映画の五つ星は子どもが主役のもの、旅で感動したのは名所旧跡そのものではなく、そこにいた地元の子どもと遊んだ時間、というような共通項に気づいた。「子ども」に関われることならば、絶対に毎日幸せに生きていける。20代後半で確信を持って、今の仕事につながった。そして還暦(60歳)を迎えた今、正しい決断だった、この道で良かったと言い切れます。
もちろん、決めたあともその分野でメシが食えるようになるためには「実力」が欠かせないし、そのためにはいわゆる「下積み」も必要なんだけれど、自分の心を見つめて「間違いのない自分の関心」に焦点を当てて、方向性を決定することが、幸せになる一歩目なんだよということは、熱く伝えたいと思います。
少し説教くさくなってしまったね。あらためて卒業おめでとうございます。将来どこかで出会ったら声を掛けてくださいね。サマースクールのリーダーや講師として会えると、とっても嬉しいです。
心を見つめ、10代が濃密で懸命な経験に満ちた素晴らしき青春となり、魅力に満ちた幸せな人生となりますように!
花まる学習会代表 高濱正伸