『令和に想う』2019年6月
元号を使っているのは、今や日本だけだそうです。世界の趨勢は西暦だし、中国や韓国のように元号を放棄してしまうのも、効率化という意味では見識でしょう。文化や伝統が変容していくのは歴史の必然でもあります。漢字を簡易なものに変えたのは日本も中国も同じだし、韓国にいたっては、文字を「ハングル」というローマ字のような母音と子音の組み合わせにしました。外国人として覚えるのは、確かに簡単ではあります。
しかし、今回の改元に伴って、なるほどこういうことなのかと感じたのは、ある文化人の発言を聞いたときです。若者文化に詳しい彼によると、新元号の発表があった日、普段、悪意や中傷が渦巻くネット空間が「前向きになった」というのです。響きの良さもあるのでしょうが、生まれて初めて新しい元号に触れたことで青年たちの気持ちが変わったのです。
「新年明けましておめでとう」と言われると、何かリセットされる気がすることと同じで、時という見えないものに元号という名をつけることによって、それが変わるたびに新鮮な気持ちになれる。「ここからが新しい時代」と一斉にみんなが思うと、心の生き物である人間の集合体としての社会の空気が変わる。元号というのは素晴らしい知恵だなと思いました。
生前退位であった今回は、お祝いムードでカウントダウンができました。私は、たまたま社員研修旅行中で、その夜を全社員と迎えることができたので、みんなでお祝いし、何か記憶に残るようにということで、ささやかな「お年玉」を渡しました。そして、この若者たちがどんどん成長し輝く時代にしなければなと、心の内で誓いました。
令和。本当に響きが良い素敵な名です。国書からの採用というのも魅力があります。この新しい時代がどうなるのか、どう構築していけば良いのか。様々な角度から無数の意見が言えるのでしょうが、私は、人の幸せを考えたときに、大きくは「ともに生きること」の価値がどんどん増すのではないかと予想しています。
昭和も平成も主たる基準は経済でした。商品も土地も建物も人の実力も、すべてのものに価格がつけられ、マネーという数値の勝者が人生の勝者のように扱われる。そしてそれはいつも、「個人戦の集合体」でした。マネーゲームに比例するものとしての学力にも偏差値というランキングをつけ、どちらが上かを競い合う。「個人戦であること」と「評価軸が一つ、または少ないこと」が特徴です。
そこでは、一本軸の下位に属する人たちは、「力のない配慮されるべき人たち」でした。老人や障がいを持った人、所得の少ない人たちなどです。数としての少数派もそうで、両親が揃っていないことや外国出身であることなども、ハンデを背負う一因でした。LGBTに至っては、封印もしくは矯正すべきものとして扱われていたのが、ついこの間です。
私も委員として所属する某市の障がい者政策委員会には、極めて知力の高い視覚障がいの女性がいます。大企業に一般就労できたという羨ましがられるようなキャリアの持ち主ですが、彼女は、「一人前の戦力として扱われたことはなく、『(障がい者も雇わねばならない)数合わせの存在』に過ぎないことを思い知らされる、つらい22年間であった」と吐露しました。彼女ですらそうなのですから、心底誇りを持って溶け込めている人は、まだまだ少数派です。インクルージョンを推進する大黒柱となるべき中央官庁ですら、大規模な水増しの数字を公表していたことは、記憶に新しい現実です。
ただ、これらは、氷河の進みのように遅いかもしれませんが、先人の努力のおかげもあって確実に進化はしています。そして令和の時代には、一気に文化変容が起こるかもしれないと期待しています。この欄でかつて書いたパートナー論*参照 のように、一人ひとりに学力偏差値をつけて比べるだけではなく、「二人で一つ」「みんなで一つ」というチームの一員としての価値に注目してみれば、障がいがある人の存在がものすごい力を周りに与えていることがわかるでしょう。それは「みんなで生きるときに、大きな力を持つ人たち」です。特に2020のパラリンピックはチャンスで、多様性ということについて、意識の大転換を起こす機会にできれば良いなと思っています。
花まるグループでは、NPO子育て応援隊むぎぐみが一定の役割を果たしてきました。特にシャイニングハーツパーティと並んで、療育支援部門のFlos(フロス)で、20年近く、知的や肢体含めて障がいのある子に、心理の専門家がそれぞれの課題を伸ばす教室を開き続けてきました。地味ですが熱いスタッフで頑張っていて、LD学会での発表を何度も行っていますし、大学の先生になった初期メンバーもいます。特別な支援が必要な子がサマースクールに参加するときの個別スタッフも、フロスの指導員です。そのような実績を見てくれているのか、今新しく指導者として入って来ているのも、筑波大・東北大・東大などの優秀な若者たちです。
ただし、税金をいただける公式の仕組みに入らずに続けるのは本当に大変で、一年たりとも経営上黒字になったことはありません。そのような子たちが「配慮される」のではなく、「あるがままの輝きを認められる」日が必ず来ると信じて、心意気だけで踏ん張ってきました。
「賛助会員」が増えて「認定NPO」になれれば、一般の方々からの寄付を受け取れるようになるので、ひとまずはそこを目指して、地道に努力を積み重ねています。応援してくだされば幸いです。
高濱 正伸
*『パートナー力』
花まるだより 2016年10月号