『2022年夏』2022年9月
パンデミックに見舞われて三年目。ウイルスの度重なる変異の末に、春の時点で、感染力は増したけれど重症化する率は明らかに下がっているという大きな流れを見極め、この夏はサマースクールをほぼ平常通りの規模で挙行しました。やはり子どもと大自然の現場は素晴らしく、躍動する子どもたちを見て感動する日々でした。もともと幼児や小学生の間で蔓延していたこともあって、出発前のPCR陰性確認があっても、各回少数の子が途中から陽性、または帰宅後陽性とわかることはありましたが、最後の1~2開催になって、さらなる変異があったのでしょうか、まったく同じ対策で過ごしても数名が感染するという事態が複数の場所で起き、見えないウイルスと立ち向かう困難さを再び思い知らされました。その後、全員が軽症または無症状で、回復に至ったことは確認できたのですが、「横感染(参加した子やスタッフからほかの子への感染)ゼロ」の目標を達成できなかったことは厳然たる結果。イベント全体の最終責任者として、お詫びいたします。
ただ、ではやらないほうが良かったかというと、そんなことはなく、ほぼ全日程どこかのコースに参加しましたが、ギラギラの陽光の下、ひまわりのように輝く笑顔がどの会場にもあふれていました。「高濱先生と行く修学旅行」も最高でした。人吉市の川遊びでは、私の中学時代の先輩が、雨の降る地域や水量を調べ下見をしたうえで、球磨川のたくさんの支流の中から「今日は永野川にするばい!」と連絡をくれるのでした。おかげで魚もたくさんとれるし、ちょうどよい急流の“流され遊び”のコースもあるし、子どもたちは幼児のように水のかけ合いに打ち興じていました。二日目は水俣港までバスで行って、班ごとに分かれて海上タクシーで御所浦島まで渡るのですが、一回目のコースではベタ凪。天国ってこんな感じなのでは、という乗り心地にうっとりしました。二回目は荒れ模様。旧知の船長が「きょーは荒れるばい!」と第一声で言うくらいで、「うゎー、今日は船酔い続出か」と心配したら、塞翁が馬。ドカンドカンと揺れる船がアトラクション状態になって、どの船もキャーキャー大盛り上がりでした。私の船には、ちょうど誕生日の子が二人いたのですが、端に座った男の子に、ビタンビタンと波にはじかれて、着岸時に船体を守るための硬質クッションが、何度も飛び込んでくる。見方によっては被害なのですが、気持ちが絶頂の男の子は、「これが幸せってことですね!」と満面の笑顔で叫びました。
化石掘りも、炎天下でしたが、全員何らかの収獲があり、中にはアンモナイトを掘り出す子もいて(二回目に掘り出したのは、まさに上述の本日誕生日くんでした)、子どもたちの宝を狙う集中力に感心しました。二日目の宿は廃校を利用した建物なのですが、すぐ目の前で釣りができます。アジやキス、イサキなど釣果十分で、夕ごはんのバーベキュー時においしくいただきました。旧校庭は芝地になっていて、そこで夜の語り合いとキャンプファイヤー、テーマソング(一回目は『群青』、二回目は『宿命』)の合唱。
三日目のメインイベントは、イルカ見学。もちろん第一にイルカの大群を、子どもたちに間近に感じてもらいたかったのですが、もう一つの目的は、何か国ものイルカを見て回り、「天草のイルカこそ世界一だ」と信じて、関東でやっていた看護師を辞め、移住してまでイルカ研究に賭けている、高崎ひろみさんという女性に触れさせることでした。2時間の授業は長そうですが、どの一言を取っても驚きや学び、感動がありました。特に、前頭部の内側にあるメロンという器官から音波をビームのように発して、小魚を気絶させて食べるという話には、全員が「へーっ!」と感心していました。最終日の熊本城は、確実に復興に向かう石垣や天守閣を見学しながら、撮影や合唱、自由なお買い物タイムがあって、子どもたちはとても楽しそうでした。
このような日々のなかで生まれた私の四字熟語は「終日天国」。子どもたちと大自然の冒険は、心躍るものでした。そんななか一つ哀しかったのは、水俣に向かうバスの中のこと、川の向こうに反り返ったレールを見たときです。二年前の大洪水のときに破壊されたのですが、今も手つかずで放置されているのでした。私が子どもの頃は大動脈でした。高卒資格を取るためにスクーリングで熊本市に出る母に付いて、3人きょうだいそろって乗ったなとか、熊本高校に出ていくときに乗ったなどと、無数の思い出がある肥薩線。3年前にも、まさにこの修学旅行で「やませみ・かわせみ号」に大変な高揚感で子どもたちと乗車したあの線が、復旧放棄された形でねじくれています。諸行無常。常なるものが存在しないのが人生ですが、喪失の哀しみがこみあげてきました。
そんな一面もあったけれども、落ち着いて考えれば、最高の思い出が充満した日々を嚙みしめられる喜びは、ひとしお深く、しみじみと感じられます。サマースクールを実行するも中止するも、どう選択しても毀誉褒貶あるなかで、「やる」と決断し、「うちの子参加させますよ」と言ってくださる親御さん方がいて、おかげで、一緒にバスに乗り、船に乗り、飛行機に乗り、真っ青な大空の下で、子どもたちと水遊びをし、クワガタ体操をし、戦いごっこをし、歌って、競走をし、たくさんお話をする。どの場面も、振り返るとかけがえのない唯一無二の時間でした。いまこの一瞬が、ただありがたい。感謝しなければな、と何度も何度も感じる夏でした。
最後に、忘れられない場面を紹介します。あちこちの会場を回った最後に、片品のキャンプファイヤーの時間に到着し、薄暮のなかみんなと一緒に遊んだ後、宿に帰る子たちを見送っていたときのことです。一人の少年がトコトコと近づいてきました。あるハンデキャップを抱えていることはすぐにわかったのですが、彼ははしゃいだ明るい声で「高濱先生!」と声をかけてくれました。「どうした?」と聞くと、直立でお辞儀をしながら「花まるをつくってくれて、ありがとうございます!」と大声で言ったのです。それは、温かくまっすぐに伝わる、想いのこもった言葉でした。迷いも悔いもありながらのサマースクール開催のなかで、こんなに勇気づけられた一言はありませんでした。
花まる学習会代表 高濱正伸