高濱コラム 『夏 ~子どもたちとともに~』

『夏 ~子どもたちとともに~』2024年9月

 今年も夏が終わりました。7月に原因不明の右肩の激痛に襲われました。水平の姿勢になると肩甲骨や肩に強烈な痛みがあり、病院や治療院に行っても大きな改善はありませんでした。仰向けに布団に寝られず初期10日は机に座って睡眠を取るありさまでしたが、教え子の柔道整復師くんの親身な世話などもあり、何とか一年の一番の楽しみであるサマースクールに参加できました。子どもたちの笑顔に触れるとパワーをもらえます。各開催地でみんなと班写真を撮ったりクワガタ体操をしたりするなかで徐々に改善していったのですが、これはもしかして「子ども治療法」というメソッドになるのではと感じたほどでした。
 大きく改善したと感じたのは、無人島の6日間のコースに顔を出したときです。その日は島滞在と島滞在の間の中日で、安芸津の港にある宿泊施設「はなコミあきつ」に子どもたちがいる日。私が到着すると14人の子どもたちが玄関にワーッと集まってきて、真っ黒に焼けたテッカテカの笑顔で大歓迎してくれました。会えて嬉しいという人の表情は、何と大きな力をくれることでしょう。さて驚いたのは、一人の中学生のWくんがいたことです。彼は昨年の「高濱先生と行く修学旅行」に参加した絶対に忘れられない一人だったのです。彼は天才系グレーゾーンに生きる、実に将来楽しみなタレント。そういう子にありがちですが「みんなとの集団行動に合わせる」ことが苦手。初日の夜、夕食の時間なのにホテルの読書コーナーから動きたくないと言い張るのです。本が大好きな心は美しいけれど、彼の将来を考えるとここは強く指導しなければなりません。何回ものやりとりがあったあと、私は10年に一度あるかないかの激しさで叱ったのです。修学旅行終了後になっても「あのときは言い過ぎたかな」と感じていた、私の胸のなかで小さな苦みの記憶となっていた子が今年も参加してくれている!
 インタビューすると相変わらず愛想笑いなどしないマイペースなのですが、中学生になっても参加した理由がフルっていました。「キャンプが楽しかったから、また来たくて、アノネ音楽教室に入った」と言うのです。届けたスイカでスイカ割りもしたのですが、そのとき「俺は高濱先生にはメチャクチャ怒られたんだ」と班メンバーの小学生に語ってもいました。いま思い出してもシンプルに「あれが良い指導だった」とは言えませんが、真心は伝わっていたんだなと感じホッとしました。
 さて施設の一階はカトパン(加藤)とアヒル(荒井)の二人が自分たちのデザイン力で構築したスペースなのですが、登り棒的な大きな樹木のオブジェがあったり中二階の秘密基地的なスペースがあったりして何とも居心地がよい。そこで男女に分かれて入浴する時間に、中二階でそれぞれと雑談しました。男子たちは「自分のお母さんが怒ったらどれだけ怖いか」合戦になり爆笑でした。「うちのお母さんが怒るともう……もう……、家が噴火するんです」「うちの母さんはモノを投げてくるんです」「これ言うなって言われてるんすけど、フライパンで叩かれました」「テレビのリモコンを渡せと言われたのにしばらくザッピングしてたら急に『おら! いつ渡すんだコラ!』と怒鳴られました」等々。
 女子はちょっとしたファンクラブ状態のやりとり。「お母さんが先生のこと大好きですよ」「私も前から大ファンで、講演会に連れていってもらったこともあるんですけれど、先生が真横を通ったとき、声をかけようとしてるうちにサーっと行っちゃったんですよね」という感じで、どのリーダーもやる名札へのサインをしたときも、胸に抱きしめて喜んでくれる。
 この男女それぞれとの雑談タイムは、文字通りの薬となったようで、帰りの車のなかで「あれ? 肩の調子がよいぞ」と感じたほどでした。

 実はこの何気ない雑談にこそ幸福はあるというのは、前から思っていたことです。管理職にならずに一担任として一生を全うしたいと願う先生の気持ちかもしれません。花まるでは教室長よりもテーブル講師、サマースクールでは宿長よりも班リーダーの喜び。ちょうど片品の「秘密基地作りの国」に行ったとき、病欠等でリーダーが不足したせいでしょう、花まる全体を引っ張ってきていまは新規プロジェクトのトップである相澤樹(パッション)が、班リーダーをしているのを見つけました。食事場面で椅子に座り低学年の男の子に後ろから抱きつかれながら皆に目を配っているところに私が到着したのですが、私と目が合うなり実にまあ活き活きした瞳で「幸せですー!」と言ったのです。この気持ちを失わず教育の仕事が続けられれば良い人生になるよなと共感しました。

 私にとっては、修学旅行のコースが一番子どもとの距離が近い4日間になります。短いけれどマンツーマンで雑談や悩み相談を受けるワンオンワン時間も作っているし、何といっても夜の「高濱タイム」での班ごとの話し合いで班リーダーも私も対等に意見をぶつけ合う、これが充実感があるのです。地道に営々と継続していきたいと考えています。
 
 さて、サマースクールは元々多くの方との信頼の絆の上で構築されているのですが、今年の修学旅行では、ヒシヒシとそのありがたみを再確認しました。
 まずはHさん。私の小中学校の二年先輩。いろいろなご迷惑をおかけしたこともあったのですが、私の活動を長い間応援してくださっている「川遊びや虫捕りの先生」です。今年も私たちが来る前に何度も川の状態やクワガタ・カブトの捕れる木の状態を下調べしてくれ、「今回は胸川のこの場所でやるぞ!」と教えてくれるのです。しかも今年は地元の高校生5名をミニリーダーとして招いて、一緒に遊んだりお世話したりする関係を作ってくれ、子どもたちが大喜びでした。夜の高濱タイムの話し合いにも参加してくれました。

 次に元花まる社員でいまは人吉市市役所勤務の和泉くん。10年以上前に情熱大陸を観て九州から上京してきた繊細で熱い行動派ですが、花まるとして人吉の教育支援に入ったら、そこで嫁さんも見つけ定住したのでした。彼も毎年修学旅行では裏方として、草むしりや各種準備など、無償で応援し続けてくれています。

 そして400年近く続く、お殿様のための茶道である「肥後古流」の宗家の小堀氏。彼は熊本高校の同級生で、ミニエピソードとしては、1500m走で高一のときは6分台だったのに高三のときに5分を切れたのは、バスケ部の小堀くんにベタッと着いていったからというミニ恩人でもあります。この日のために紋付の袴を新調したという彼と、ずっと中心の幹事役としてお世話してくださる娘さんとお弟子さんたちの指導の下、講義から始まり、茶室の躙り口から入ってお茶をいただく経験、そして今年は広間でお茶を立てる体験を提供していただいたのですが、去年にも増して多くの子どもたちが「作法の美しさに感動した」「東京に帰ったら親に頼んでお茶を始めたい」等々、熱い感想をくれました。
 そのとき、私も雰囲気を盛り上げようと和服に着替えたところ、みんなから写真を撮られました。そのなかで少年Hくんが撮った床の間の掛け軸やお花をバックにした一枚が「傑作だ」と話題になったのですが、何分かあとにはHくんがそれを自分のスマホの待ち受け画面にしていました。スマホを差し出して見せる満面の笑みの彼を撮影した写真は、私自身の今年一番の一枚にもなりました。

 これはほんの一端で、さまざまな会場で子どもたちと出会い、今年も「ああ、これが天国だ」と何度痛感したかわかりません。教え子が大勢高校生リーダーや大学生リーダーになっていることにも深い感動があります。そもそも預けてくださる親御さんはじめ、多くの方々に支えられてこそ存在できていることに感謝しつつ、来年も子どもたちと良い思い出が作れるよう、継続は力と信じてコツコツと体作りに励みたいと思います。
   
花まる学習会代表 高濱正伸