高濱コラム 『スマホの与え方』

『スマホの与え方』2025年1月

 年の終わりに朗報が届きました。リセマムが2011年から毎年行なっている、教育サービスの顧客満足度調査であるイードアワードにて、花まる学習会は小学生学習塾部門の総合評価で最優秀賞を獲得しました。部門賞に浜学園や日能研、SAPIX、早稲田アカデミー、市進学院など、全国規模の有名塾も並ぶなかでの「保護者評価の全国総合最優秀賞(日本一)」とても嬉しかったです。
 野外体験の教育効果や非認知能力・思考力に30年以上前からいち早く注目し、楽しく頭をフル回転させ続ける授業や、自然の豊かさを五感で感じ人間力を育てるサマースクールを開催してきました。日々の実践でともに汗をかきスクラムを組んできた各教室長、講師、スタッフたちを誇りに思いますし、ここまでお子さまをあずけてくださった保護者のみなさまへの感謝の気持ちが湧き起こります。これからも精進怠りなく、一人ひとりの子どもたちに最高の知的経験、心をたくましく豊かにする経験を提供し、感性や好奇心を育めるよう努力してまいります。本年も、どうぞよろしくお願いいたします。

 さて今回は、昨年一年間を過ごし、この国の教育について最も深刻だなと感じた課題について書きます。それは、子どもの「スマホ漬け」問題です。
 何事にもメリットとデメリットがあり、問題視しない人たちも大勢います。今後スマホがない世界は考えられない、デジタルネイティブの新時代なのだ、という意見には一理ありそうです。ですが教育の現場に居続ける者としては、「多くの子どもたちが将来自立できないという可能性」すら感じており、この危機感を明確に伝えておきたいと思います。   
 たとえば友達も多くサッカーや水泳など打ち込む何かを持ち外遊びも存分にやっている子が、多少スマホをいじろうと問題はないでしょう。しかし、それを許したがゆえに同級生のなかに「スマホ中毒」になり健全な社会性を喪失してしまう子が大勢出現するかもしれないと予測します。
 イシューは何か? それは「とても便利で今後必要なデバイスだからと言って、成長段階の子どもに無条件に与えてよいのか、の妥当性」です。わかりやすく言うと、たとえば酒は多くの人は飲むようになるし百薬の長という言い方すらある。では子どもに飲ませるかと言ったら世界的にNOである、となぞらえることができるでしょう。同じように、性的な場面が出る映画も、大人になったら問題はないが、子どもに観せるかというと、世界中で「○○才以上(○○才未満は観賞を禁止する)」という制約を個々の作品にかけています。
 実際に、教育現場ではこの問題を指摘する声をたくさん聞きます。あるフリースクールに、友達もいないし人間関係に大きな不安を抱えた6年生男子が入会した。首から下げたスマホのゲームに完全に中毒状態で、みんなでやる企画の最中も一人画面から目と手を離せないありさま。そこで保護者とお話しして、スマホを取り上げてみた。するとかなり短い期間に、表情の明るさと目の輝きを取り戻したというのです。本人曰く「心は『これじゃいけない』と感じているけれど、脳が止められない感じだった」そうです。このケースは少なくなくて、我らの「花まるエレメンタリースクール」でも、ほぼ同様の5年生男子がいたけれど、スマホを使えないようにしたら、「いまを活き活きと楽しめるようになったんですよ(林隼人校長談)」ということがありました。
 さて、では「それは絶対ですか」と聞かれれば、地球上の誰にも真実はわかりません。0歳から画面をスクロールしていた子たちが出現して数年。一つ示唆する現象として、この三年間の小中学校の不登校児童生徒数の急増(毎年5万人ずつ増加し、とうとう35万人に)という事実はありますが、「乳幼児期からのスマホ自由使用が大人になってどのような影響を及ぼすか」のエビデンスが出るのは、少なくとも十数年先です。
 また、反論として、「いくらか人間関係に問題が生じようとも、ゲームをやり込んで達人レベルまで行けば、eスポーツで億単位の稼ぎを得ることもできる」という意見もあります。これについては、たとえばプロ野球選手という職業を見れば参考になります。半世紀以上も前、「ボールを投げて打って、などという遊びでメシなんか食えるか」と言われた時代もあるけれど、プロ野球選手が高収入を得られる職業として定着すると、「大学に進んで安定した企業に就職する」という大半の親たちの育成観とまったく異なる「プロ野球選手を目指す」という方針を決めて、実際に傑出したアスリートに(たとえばイチロー氏のような)育てあげたというような人物も出現しました。ある時代には非常識に思われたけれど次の時代には地位を得て新しい常識として定着したということは、歴史的に何度も起こった文化変容の形態でもあります。
 誰にもこうだと言い切れる根拠は存在しないけれど、次々と新産業革命として大きな変化が起こり続けるいま、保護者は正解はわからなくても、わが子のスマホとの付き合い方のルールをとにもかくにも「決断」していかねばなりません。
 では結局お前はどうなんだと問われれば、どんな世界になろうともたいていの職場で「相手の気持ちを想像する力」は重要視されると考える人間力重視派の教育者としては、「スマホは基本禁止。ただし時代の先を見越して、一定時間(一日2時間以内など)だけ親の承諾した健全で知的刺激にあふれたサイトでのパズルや動画視聴などについて『触ってよい時間を設定する』」というのが、妥協点かなと感じます。最低でも無条件にやり放題ということは絶対に避けてほしいと強く思います。また少なくとも日本小児科医会は公式に「スマホに子守りをさせないで」と表明しているし、さまざまな脳や心理の専門の大学の先生方もさまざまな書物などで危険を警告(たとえば医学博士である東北大学の川島隆太先生は著書『スマホ依存が脳を傷つける~デジタルドラッグの罠』のなかで「スマホ利用頻度の高い子どもは、大脳の三分の一の領域で発達が止まっていた」とまで書いています)している。また先般オーストラリアでは16歳以下はSNS禁止と決めたし、アメリカでも州によっては同様であるという事実は、参考にしていただきたいです。

 ここまで読んでもまだ深刻に受け止め切れないなという方の説得のためにお伝えしておきたい事例があります。それは「朝定刻に起床できない。たまに寝坊する」というしつけの失敗が、大人になってからの長期引きこもりと深く関連しているということです。起床のしつけに失敗した家庭では、わが子の深刻な引きこもりが始まったあとに、必ずといっていいほど朝晩逆転など起床の問題に直面します。専門で40年の実績のある杉浦孝宣さんは、「『朝起きる』という一点さえクリアして来てくれれば、9割以上は社会復帰させてみせるのに、親がそれをやらせきれないんだ」とおっしゃいます。私も引きこもり対応を長く続けたので、その通りだと知っています。なぜ、聞かせきれないのか。「朝定刻に起きる」というのは幼少期時代のしつけ項目だからです。
 そして、この現実を知る専門家が口を酸っぱくして「早起きが大事」と伝えても、多くの子育て中の親御さんにはピンとこない。「そんなに深刻なことですかね」とすら感じてしまう。
 今回の「スマホ子育て」が将来もたらすであろう問題の深刻さの伝わらなさ加減と、とてもよく似ています。思春期の深刻な問題になってからでは遅いのです。

 今回はやや固い内容になってしまいましたが、世界を見渡すと、まだまだこの国の治安は平均して良いし、爆弾も飛んでこない平和を日本は維持しています。先達のみなさまが一生懸命構築し続けてくれたこの平和ないまに感謝しつつ、私たちも変わらず子どもたちの健やかな成長のために邁進してまいります。2025年が、子どもたちにとって、経験に満ちて幸せな一年になりますように。
   
花まる学習会代表 高濱正伸