Rinコラム『自分の中にある種。』2019年6月

こころと頭を同時に伸ばす 幼児期の子育て3

『自分の中にある種。』

 オーストラリアの原住民アボリジニは、才能(タレント)が自分の名前になっていたそうです。たとえば〝星を読む男〞、〝風のにおいをかぐ男〞のように。そして、お互いのタレントを交換して、グループの中に足りないタレントがないようにしていたそうです。タレントというのは、本来そういうもので、自分の才能を知るということは、自分自身を見つけるということともいえるのでしょう。

 親が子の才能を見出してあげたり、自分の中にあるタレントに目覚めたりすることは、人間にとってこの上ないしあわせです。でももしも、 「この子にこんなふうになってもらいたい」という願望から、自分の子どもにないタレントなのに期待するならば、それは、悲劇の始まりです。

 たとえば、同じ植物の種でも、土に植えて水をあげ、芽が出てみると、トマトもいればナスもキュウリも、トウモロコシもいる。自分はトマトとして生まれたのに、隣のナスを見て、 「あ、 ナスって黒光りしてかっこいいな。自分もナスに生まれればよかった」と、自分がトマトであることを忘れて、ナスの真似をする。そうではなくて、トマトはトマトの人生を謳歌することこそが本来の使命で、本当のしあわせのはずです。

 もっと友達と遊んでほしいのに、一人で本ばかり読んで困った子」 「おしゃべりが過ぎて、いつもお友達のことばかりかまって。自分のこともきちんとできていないのに!」…親はわが子に対して、どうしても周囲と比較をし、 「できないこと」に注目して心配してしまいがちです。

 そんなとき、私はいつもトマトとナスの話をします。その子が本来持っている種を、よく見てあげてください。 「トマトはトマトらしさを追求しなくちゃ。赤くて丸いことは本来のトマトの良さですよ。ナスになる必要はない」その子らしさを別の角度から見てみると、 「じっくりとひとつのことに集中できる落ち着きのある子」だし、 「活発で好奇心旺盛で、世話好き」 な子とも言えますよね。そう、短所だと思いこんでいるものが、実は長所ともいえるのです。

 弱点を強みとしてとらえてみたら。見方を変えてみると、すべての弱みは強みであるということに気がつくでしょう。子どもがもって生まれてきた性質(タレント)は、その時点で価値が決まるものではありません。 「見方」によってその価値は180 度変わるのです。そうした、ポジティブで柔軟な視点を私たち大人が持てると、 子どもたちの得意なこと、向いていることが見つけやすくなっていくはずです。彼らが持っている種が芽を出し成長するのに必要なのは、その種の持つタレントを信じて、見守ってあげることなのです。

井岡由実(Rin)