Rinコラム 『感心するこころ』

『感心するこころ』2025年3月

 学生時代、Sunday Schoolで子どもたちのアート活動を手伝っていたときのことです。親子ほど歳の離れた友人Mabelから「あなたは、子どもたちの心に触れることができるのね」と言われました。その一言が、私がいまの職業を選ぶきっかけになりました。
 このことから、「人生の方向性を決めるきっかけは、思いもよらないところにひそんでいるものだ」と言えます。よき出会いによって、新たな道がひらけるものだ、ともとらえられるかもしれません。しかし、それ以上に私が心に刻んだのは、「自分の得意なこと(当たり前にできてしまえるようなこと)は、人から言われないと気づかない」ということでした。

 いまから25年前、不登校や盗癖、抜毛、拒食症などさまざまな状況にある子どもたちとその家族に向き合いました。その数年間で得た経験や気づきは、振り返れば私の思考の基盤となっています。
 その根底にあるのは、児童精神科医の故稲垣孝先生の存在です。難しい場面に直面しても、「稲垣先生だったら、どうおっしゃるかな」と心に問いかけていました。「稲垣先生ならば、きっとこう対応されるだろう」と先生の考え方や対応を想像しながら、自分の思考を深めていくその方法は、私にとってのお守りであり、先生が亡くなられたあとも、大切な羅針盤になっていったのだと思います。
 稲垣先生は、型にとらわれない対応をトライしてみる私を否定せず、むしろ学びの姿勢を共有してくださいました。「あなたを真似てやってみました」と自身のケースを振り返り、私に報告してくださることもありました。もしかしたら、おこがましいですが、先生にとっても私の存在が刺激し合えるような関係であれたのかな、といまになって考えることがあります。

 心が通い合う瞬間、本当の意味での交流が生まれます。それは人の心を守る力となります。困難なときにふんばれるのは、たったひとりでも自分を理解し、心から感心してくれた人の存在があるからです。
 心理療法家の故河合隼雄さんは、箱庭療法(※)についての対談でこう語っています。
「おもしろいのは、その場に誰がおるかで全然違うんです。『これをやりなさい』なんて命令したら絶対やらないし(略)カウンセラーは感心する才能がないとダメだとよく言います。感激する才能がないと絶対できない」
 この言葉に深く共感しました。教育の現場も同じです。その場に誰がいるのか、どういう心持ちでいるのか。ともに心を動かしている人がそこに友人のようにいるとき、子どもたちの本質が最も美しく表現され、心が解放されるのです。

 最近、保護者や保育者の方から、「頭のなかでRinせんせいだったらどうするかなと考えます」と言われることが増えてきました。そんなふうに、子育てや人とのかかわりのなかでほんのちょっぴりでも頭のなかで頼っていただけるように、みなさまの子育てが豊かなものになるように、「感心するこころ」を胸に、これからも発信していきたいなと思います。
 
井岡 由実(Rin)

※箱庭療法……砂の入った箱のなかでミニチュアの世界を配置するすることで内面の世界を表現する心理療法のひとつ。