花まる教室長コラム 『ぼくらの青春と橙夏』柳澤隼人

『ぼくらの青春と橙夏』2025年4月

 「きみって青が好きなの?」
そんな子どもたちの言葉から始まった幾年前のサマースクール。夏休み港町大作戦のコースに行った際のお話。

 帽子とズボンは薄い水色、Tシャツと靴とリュックがコバルトブルーの子がいた。
「ぼく、青が大好きなんだよね」
どうしてこのコースを選んだか聞くと
「海の青がたくさん見られるから」
船で向かう特別なサマースクール。見たことがないくらいの大きな船に、感嘆の声が上がる。ワクワクしながら船に乗り込み、自由時間になって散策が始まる。船の甲板では水平線を眺め、海の青と太陽の反射にうっとりする子どもたちの横顔が眩しい。
「海、きれいだったね」
船内に戻り、興奮した様子で余韻に浸っている。
「なんで青春って青なんだろう」
青が好きな子が疑問に思ったようだ。
「夏には青がたくさんあるし、春は桜でピンクのイメージなのに」
「たしかに春はピンクって感じだよね。でも夏は暑いから赤のイメージもあるなぁ」
そんな話で盛り上がり、このサマースクール中に青春を見つけよう、という話になった。このチームの青春探しの冒険が始まった。

 探検中は青春に紐づきそうないろいろな青を探していた。近くでは透明なのに遠くだと永遠に広がっていくような海の青、晴れ渡る空の青。ある子が
「信号も青だよね」
と言った。色自体は緑なのに青であることの不思議を感じていると、目の前には大きな鋸山が見える。その風光明媚な山は青々とした木を生い茂らせている。そんな光景を見ながら、海岸沿いを歩いてみんなで考える。青とは、青春とは。
 途中、漁師さんに大量の魚を見せてもらう。アジやイワシや名の知らぬ魚がたくさんカゴのなかに入っている。
「あれ、魚も青く見えるな」
「本当だ。銀色なのに光って青っぽく見える」
「そういえば魚って青魚があるよね」
「青って不思議だなぁ」
漁師さんにお礼を言い、海岸をあとにする。照りつける太陽と照り返したアスファルトの熱気を受けて歩を進める。途中みんなで地元のスーパーに行ってアイスを買った。手に持っているとすぐに溶けてしまうので、急いで頬張る。頭の奥がキーンとする。その痛みすら暑さを吹き飛ばす清涼感だと思え、心身ともに休まる。
「冷たくておいしいね」
「生き返るな~」
「……なんかいまの僕たち、青春っぽくない!?」
「わかる! ドラマで高校生がやってた! みんなでアイスを食べるの!」
「青春ってこれか!!」
「青ばっかり探していたけど目に見えない青があるのかも」
「たしかに! なんか青っぽい感じが青春なのかな!」
「アイスの冷たさも青って感じ!」
どうやら彼らなりの青春に行きついたようだ。

 その日の夕方、みんなで海辺を散歩した。夕焼けがきれいな時間だった。海岸に着くと、日の入りの時間になった。水平線に沈みゆく太陽を、だれも言葉を交わすことなくぼーっと眺めた。つい先程まであんなに光り輝いていた青の海が、いまはオレンジ色の輝きを点在させながらまるで魔法の絨毯のように揺れている。反対側には、静かに夜の準備に入る海の姿があった。それは、今日出会ったなかで一際深く濃い青だった。オレンジと濃紺の狭間にあるグラデーションに目を奪われながら海辺をあとにする。
 子どもたちが寝る前、布団に入りながらサマースクールの思い出を聞いた。楽しかったアクティビティはもちろん、やはりみんなで食べたアイスを思い出にあげる子が多い。青が大好きな子にも思い出を聞いてみた。
「ぼく、この夏で好きな色が増えた。オレンジ色。今日見たあの夕方の海が忘れられない。青い海も好きだけど、オレンジの海も大好き」
「あれは俺も心を奪われちゃって言葉が出なかったよ」
「ぼくも感動した」
「アイスも青春だったけど、みんなで見たあの海のほうが青春だったよな!」
「本当にそう思う」
「そうしたら、青春じゃなくてオレンジ夏だね!」
「なんか変なの! オレンジって日本語でなに?」
「オレンジは橙だね」
「じゃあだいだいなつだ! 変なの(笑)」
あのとき、あの仲間たちと見た夕日が彼らの青春……いや、それを超える橙夏になった。

 夕方にふと見上げると映る空。人生の彩り添えるは橙夏。今年も始まる。まだ誰も知らない橙夏の物語。

花まる学習会 柳澤隼人